私が生活している清水エリアは京都の観光地ど真ん中。
バスははちゃめちゃに混むし、コンビニは外国人観光客でレジに行列、そのへんの飲食店は観光地価格で中身も外連味が強い。おかげでやってられない。ほんまに。
散歩に出るときの第一課題はいち早くこのエリアを切り抜けることだ。南に下ればホテルや博物館があるエリアに。北に上れば八坂神社や祇園の観光エリアに。西に進めば町中へと出て行ける。東には神社仏閣と山々しかないので、私の選択として自然と西に向かうことになる。
決まって西に出ると鴨川をどの地点で渡るのかという課題が出てくる。橋は少なくはないけれど、やはり渡った先の町の具合でその日どういった散歩をしていくのか気分が左右されやすい。少し北側で渡れば河原町に向かっていける。少し南で渡ればおとなしいオフィス街へと向かえる。 結局ここでも家から出たときと同じように、歩く道の選択が必要になる。なんだかずっとあみだくじをしているみたいだ。
あみだくじのスタート地点は大体鴨川を渡るタイミングになるので、いつも走り出しが爽やかだ。
こんなに町の中にあるのにきれいで穏やかな川があるというのが京都の一番良いところかもしれない。

川を渡って少し南に降りた京都駅周辺エリアには、安くてデカいスーパーがある。安くてデカいスーパーに行くためだけに京都駅の方まで歩いて行くのはなんだか癪なので、その周辺での用事を見繕うことが多い。
一昨年に市立芸大が桂から移転してきたこともあり、学内併設ギャラリーの展示を見に行ったりする。
学部時代から作品を見ていたり、yugeで展示をしてもらっていた作家が院生になっていたり、卒業生として展示に参加していたりするのでびっくりする。 時間の流れを確認できる尺度をもうすこし日常に取り入れなければと焦る。この調子でのんびりしていたらあっという間に年老いてしまう。せめて年老いてきていることをじっくりと噛みしめながら年老いていきたい。
このエリアはオフィス街になっているので、大手企業の名前がそこら中で見られる。
少し路地に入ってみると、チェーン店の支社が急にあったりする。
「㈱ほっかほっか亭 京滋地区本部」
真っ白で無機質なビルに明朝体で書かれた看板が着き出している。 ぜんぜんほっかほっかじゃない。緊張感すらある事務所ビルだ。店舗名のあたたかさは一体どこに行ってしまったのか。
逆に店舗ではほっかほっかと柔らかい印象を振りまいている弁当屋さんでも、企業として話し合うときにはこういった冷たい建物のなかで眉間にしわを寄せながら会議をしているのかもしれない。
温厚な友人がふとした時に見せる、極端なほどのドライさにゾッとすることがあったりするが、それに近い不気味さがそこにあった。
京都駅エリアといっても大手企業やチェーン店が陣取っているのは駅の北側で、駅より南に超えるとまた町の雰囲気はガラッと変わる。 道は広く、団地の一階にはいった居酒屋のテナントや、古びたブティックなどがどんどん増えていく。
明らかに改装を途中で断念した喫茶店。常識ではあり得ない量の植木鉢が並んだ商店。文字が欠けちゃってるコンビニの求人情報の張り紙…
なんというか全体的に雑多だ。ひたすらに雑多。
北と南でこうも違うかと感動すら覚える。
そんな雑多でありふれた下町の風景を端に見ながら歩いていると、突然真っ黄色の建物が現れたりもする。
「大 万 物 社」

すべてが黄色に塗られたそのビルの扉には大きな目のような模様が大きく二つ書かれていた。 ほんとうにあまり関わりたくない。
それ以上でもそれ以下でもない、チリチリとした緊張感が張り詰める。
表の看板には「大万物祭」と書かれた催しの告知がされていた。 稼働してるのかよ。 より一層緊張感が走る。怖いもの見たさで告知情報を除いてしまう。日付を見ると、開催は今日。そして時刻は現在だった。
早くこの場所から離れよう。
この大きな目がペイントされた扉一枚隔てた先で得体の知れない祭りが開かれているという事実に耐えきれず、私は足早にそのエリアを抜け出した。
後日その建物の話を友人にすると「俺、多分その場所知ってる」と一年前に撮影したその建物の写真を見せてくれた。
「お ふ く ろ」

一年前は真っ黄色の外観はそのままに、以前は「大万物社」ではなく「おふくろ」という文字が看板には刻まれていた。 ほんとうにどういうことなんだ。 母は万物なり、という結論に至ったのだろうか。
いや、この狂気に対して考察することすら今は避けたい。触れなくてもいい熱というものも世の中にはたくさんある。
同じ京都市内の建物でも、真っ白で無機質な緊張感もあれば、真っ黄色でチリチリとした緊張感もある。
この振れ幅が徒歩圏内に共存している事が、この町の面白いところなのかもしれない。
ふと気づけば小雨が降ってきて、折りたたみ傘を鞄に入れていないことを思い出す。
路地の隅に目をやると、単管で組んだ雨よけが小さな祠を守っていた。みるみるうちにずぶ濡れていく私は、生まれて初めて祠をみて「うらやましいな」と思った。

