皆さんの心の中には「ちゃんと聴いてはいないけど、なんとなく嫌っている音楽」というものがそれぞれあります。
あるでしょ?
あるんです。
私にとってそれはRADWIMPS。
全然ちゃんと聴いたことないのに、なんとなく嫌い続けて27年。長いもんです。
流石に30歳になる前に雰囲気嫌いを克服するか、それとも聴いた上で嫌うのかを決めないとダメですよね。
だっていい大人ですから。
このブログではアルバム一枚だけを一週間聴き続けて、各曲やその一枚をじっくり楽しむという企画を勝手にやってるんですが、これまでは「すでに好きなミュージシャンの名盤」「ふわっとしか知らなかったミュージシャンの名盤」を聴いてきた。
(前回やったのはBUMP OF CHICKENの『jupiter』でした)
なんとなく王道すぎてちゃんと聴いていなかったバンプも、じっくり聴くことでどういうカッコ良さを持っているかを知ると同時に、しっかり私自身も好きになることができた。
けれどバンプは聞き始める前からなんとなく「良いんだろうな」と思いながらも聴いていなかったところがあった。
なので今回は聞き始める前から「良いわけないだろ」と思い込んでしまっているミュージシャンの名盤を聴かねばならないぞという訳です。
一週間聴き続けるのはRADWIMPSファンからも名盤と名高い一枚をじっくり聴いていこうと思います。
RADWIMPS『RADWIMPS4 ~おかずのごはん~』
![RADWIMPS 4 ~おかずのごはん~[CD] - RADWIMPS - UNIVERSAL MUSIC JAPAN](https://content-jp.umgi.net/products/to/TOCT-26168_EpT_extralarge.jpg?13072017104722)
RADWIMPSといえば新海誠、新海誠といえばRADWIMPS、みたいな感じが今の世代の人にはあるかもしれないけれど、私の世代からすれば「友達がカラオケで歌う変なバンド」というイメージの方が圧倒的に強い。
なのでむしろ新海誠のようなキラキラした映像にラッドが使われた『君の名は』は当時驚いたし、でも同時に「まあどっちもなんか童貞臭いですもんね」という目を向けてしまっていたのも事実だ。
今書いていて気づいたが、私は結構はっきりとラッドのことが嫌いなのかもしれない。
大丈夫かしら。
一週間ももたなかったらごめんなさい。
RADWIMPSとは
RADWIMPSは2001年から活動開始した日本のバンド。
通称『ラッド』
バンド名は「かっこいい弱虫」という意味で単語を組み合わせた造語。
メンバーは以下の4人。
・野田洋次郎(Vo./Gt.)
・桑原彰(Gt.)
・武田祐介(Ba.)
・山口智史(Dr.)
→現在療養につき活動休止中
ソロでの音楽活動や俳優としてのデビューなどもしている野田洋次郎がフロントマンを務める。
私の世代だとハイトーンや早口の曲をカラオケで歌うというイキり方があり(今もあるのかもしれないが)、ラッドやワンオクを歌うやつはもれなくちょっと絡みづらい人だった記憶がある。
私が持つラッドに対する苦手意識は音楽自体ではなく、そういった人たちによる偏見の積み重ねである可能性も大いにある。
ともかく、中高生の時に私の周囲でラッドファンは急激に増えた。しかも今もなお、現代の中高生から愛され続けているバンドである。
ラッドといえばなんといっても新海誠作品での音楽担当がここ数年では印象に残る。
『君の名は』での「前前前世」は爆発的なヒットをかまし、映画の方は見ていないという人でも、この曲のサビは口ずさむことができるくらい街に流れまくっていた。
私が中高生の時は"邦ロック好き"が好きなバンドというポジションだったが、シリーズを続けて音楽の担当を任され続けることで、更に幅広いファン層を獲得したと言えるだろう。
前回の記事でリピートしていたバンプ同様に、国内のロックバンドの型を作ったバンドの一つと言っても過言ではない。
『RADWIMPS4 ~おかずのごはん~』とは
本作はラッドの4枚目のアルバム。
ファンが選ぶ名盤の中では基本一位か二位にはほぼほぼ入っている人気作品。
新海誠のタイアップ以前の代表作といえば挙げられる「有心論」が収録されているアルバムでもある。
『RADWIMPS4 ~おかずのごはん~』収録曲
- ふたりごと(一生に一度のワープver.)
- ギミギミック
- 05410-(ん)
- me me she
- 有心論
- 遠恋
- セツナレンサ
- いいんですか?
- 指切りげんまん
- 傘拍子
- ます。
- 夢番地
- バグッバイ
- 泣きたい夜ってこんな感じ
1日目
初日はやはり違和感がかなりある。
なんせ全然聞いてこなかった畑のど真ん中にいるような状態なので、そわそわしてしまう。
だいぶおしゃべりな曲を作るバンドなので、やはりどんな歌詞を歌っているのかにまず意識がいくのだけれど、「自分の性格やコミュニティと全然違う人たちだな」というのが最初に出てきた感想だった。
恋人を「お前」と呼び、基本的には泣かせていて、別れ話をしては復縁をして、君が世界だと言わんばかりの愛を唄う。
こういうとすごくヤンチャそうなシルエットが浮かぶが、実際のラッドに対するイメージはもっと日陰にいそうな感じではある。
友達をダチとかツレとか呼んで、女を抱いて一生一緒に地元で無双するようなヤンチャさは湘南乃風に任せるとして、ラッドはしっかりと孤独も抱えているような感覚がありそうだ。
不思議なのは、この孤独もある程度抱えていそうなのに、なんか無茶苦茶ヤンチャなことも言うというギャップだ。
この違和感こそがラッドの強みや魅力の一つなのかもしれないが、リピート1日目の私にはまだ掴みきれないものだ。
2日目
一口目から自分に響くような歌詞ではないことは悟ったので、一旦サウンド面の方にも目を向けてみることにした。
私はあまりバカテク系のギターやベースプレイが好きでは無いので、ラッドの得意技のようなパフォーマンスは刺さらなかったが、そんな中でも「指切りげんまん」はイントロからすごく好みの音だぞという好感触を得ることができた。
友達がカラオケで歌っている印象が強いバンドは、やっぱり原曲もちゃんと聴かないとダメだねと反省した。
しかもカラオケでピックアップされやすいのはテンションの高い「DADA」や「おしゃかしゃま」だったりするので、こういったトーンの曲のイメージはあまり持っていなかった。
私はチープなドラムマシーンのようなビート音が大好き。Young Marble GiantsやSALON MUSICとかが無茶苦茶好きです。
なのでこの少しローファイ指向の曲は好きになれそうだぞと思って聞いていると、サビがサビらしく歌い上げる感じになって、また好みから少し外れてしまった。
この辺りは完全に私の偏食のせいでもあるので、別にラッドの音楽性の良し悪しという話では全く無いのだけれど、自分が「渋い!」と膝をうつようなアプローチをしてくるような曲はあまり見つけることができなかった。
3日目
一部とはいえ好きなテイストの曲調も作るということは分かったので、また歌詞について立ち戻ってみる。
全然嫌いなままでした。
なんというか全然ピンと来ない。
すごく聞きやすいし、歌っていることの愛情に纏わるセンチメンタルとか命に対するパッションとか、全然理解はできるんだけれど、「この歌詞いいな」「これすごい歌詞だな」と噛み締めるようなタイミングは発生しないままだった。
基本的に君と僕との関係性の話をしたラブソングが多いのだけれど、ラッドはどうやらすぐにその愛や孤独を拡張して、世界とか宇宙とか神様とか言い出す。
肝心の君と僕との関係性にディティールを感じないので、なんだかデカい話して深い話っぽくしてないか?と訝ってしまう。
逆にいえば肝心の関係性が抽象的だからこそ、多くの人たちがその余白を埋めることができるのかもしれないが。
なぜ私はラッドの歌詞が響かないのか…?
どうやら私は「余白がある上で、思慮のきっかけとなる描写をいかに上手く切り取ったり摘み上げたりするかが詩じゃないのか」という考えがあるようだ。
きっと、その為にラッドのこのレトリックでしかない言い回しが鼻についてしまうのだろう。
4日目
サンボマスターの対極に立つバンド、RADWIMPS。
初日に感じていた「ヤンチャそうな事を言ってるのに日陰にいそうな感じ」の正体が少しわかってきた気がする。
例に挙げているサンボマスターの場合、とにかく愚直なまでの誠実さを精一杯不格好でもぶつけてくるという事自体が、結果的にかっこよく見える。
けれどもラッドの場合、捻くれた不真面目さで「冗談ですやんw」と言いながらカッコつけているのが、結果的にカッコ悪く見えてしまう。
どちらも私の主観でしかないが、自分が感じた違和感の正体をだんだん掴めてきた気はする。
捻くれたものはやっぱり魅力的に映る時期というものが誰もがあって、それぞれどういった捻くれ方がカッコいいかばかり考えたものだと思う。
中高生の時の私にとって、ぴったりハマった捻くれ方がたまたまthe pillowsだったという話でしかない。
(そもそも他人の捻くれ方にぴったりハマってしまうというのがダサい事な気もするが、思春期とはそういったダサさは付きものなのだと思う)
私にとってラッドがそうでなかっただけで、きっとラッドのこの捻くれ方がぴったりハマる人もいるのだ。
事実そういった人たちが一定層どの時代にもいて、そこを掴んで離さないというのは、間違いなくこのバンドの魅力と言えるだろう。
5日目
中高生の時に通り損ねた思春期的な音楽の旨みは、大人になってからでも理解できるのだろうか?
少なくとも私とRADWIMPSの場合はうまくいかなかった。
「捻くれながらも命や愛について堂々と歌う」というカッコよさがこのバンドにはあるのだろうけど、少なくとも今の私は「命や愛について堂々と歌ってほしい」とは思っていないし、昔の私がそんな歌を求めていたのかと言えばそんなこともない気がする。
私はきっと「命や愛について堂々と歌うことができない」という"弱さ"を歌ってほしい少年だったのだと思う。
6日目
思えばラッドには「自分のちっぽけさを知る」というアプローチはほとんどない。
むしろ「僕らはきっともっととっても大きな何かなんだよ」と信じたい。そんなアプローチに感じる。
君が世界を作ったり僕を作ったり、神様なんかよりすごかったり、星だったりする。
「夢」「希望」「命」「愛」「神様」「奇跡」
そういったワードが飛ぶように出てくる。話がデカすぎる。そしてその飛躍も急すぎる。
私はついていけないスピード、というか理解できない文脈で飛び出してくるから置いて行かれてしまうのだ。
同時にラッドに心を既に掴まれている人たちは、その速度や飛躍した文脈に乗って遠くまで連れて行ってもらえるのだろう。
きっとそれはすごくロマンチックだし、スリリングな体験なのだと思う。
7日目
あからさまに海外のオルタナやパワーポップを思わせるサウンドや、日本語レゲエなどの芸の多さとして聞いていて楽しいアルバムではあった。
「あれっぽいな」という感触は今でこそあるけれど、ラッドに影響を受けた国内バンドの曲も耳に馴染んでいる今だからこそ、尚更既視感を覚えやすいというのはバンプを改めて聞いた時と同様だろう。
アジカンとかは初期の頃といえばパワーポップをストレートに投げまくってくる、良くも悪くも一辺倒なアプローチだったのを思うと、ラッドはなんて器用なバンドだろうか。
そしてこのわかりやすい「洋楽っぽさ」という感触は国内バンドやJPOPしか知らないリスナーに火をつけただろうし、それによって他の音楽へつなぐ窓口にもなったのではないか。
中高生の時に聞いていたミュージシャンの元ネタとも言えるような海外のバンドを、大学生くらいになってから聞いて納得し、また改めて中高生時代に聞いていた音楽を聞き返すなんてことができるのは、こういった「わかりやすい洋楽っぽさ」を入れてくれているからこその喜びだったりする。
私自身もthe pillowsを初めて聞いた時は「これはその辺のバンドとは違う!聞いたことないカッコよさだ!」と痺れていたが、のちに彼らが影響を受けた音楽を掘り漁ってみると「あの曲、oasisの曲そのまんまじゃねえか」「あれ無茶苦茶初期のレディオヘッドじゃねえか」「あのメロディってピクシーズから引用してただけかい」と色々と拍子抜けしたりもしたが、元ネタを理解したことで、その上に乗っかっているピロウズ自体の良さが改めて理解できたりもする。
きっとラッドも同じようにリスナーに循環する旨みを届けていることだろう。
まとめ/全曲レビュー
結果的に一週間RADWIMPSの「RADWIMPS4-おかずのごはん-」を聞き続けても、私はラッドを好きになることはできなかった。
中高生の時に通らないと今からでは好きになれないバンド、なんて言われたりもするバンドだが、中高生の時の感覚を思い起こしてみても、やはり当時でもハマらなかっただろうなという印象に辿り着いてしまった。
けれども、以前のラッドに対する"何となくふわっとした嫌悪感"は解消された。
今はラッドが持つ魅力の種類がどういったものかが掴めたし、そしてそれが単なる良し悪しではなく、どういった方向性で自分の好みと違うのかが理解できた。
そもそもこの企画は決してラッドを貶めることが目的でもないし、悪口を言うためのものでもない。
自分の中で釈然としないまま「なんか嫌い」で置いてしまっていたものを、一度しっかりと凝視してみようというものだ。
今回この一週間を通して、彼らを好きになるわけでもなければ、嫌いに転がるわけでもないという曖昧な落とし所にはなったが、私にとってはとても有意義なものだったと言い切れる体験だった。
というわけで、最後に一週間をともにした曲たちを振り返って締めさせていただきたい。
- ふたりごと(一生に一度のワープver.)
私は昔、日本語ラップに対する食わず嫌いがあったのだけれども、それもあってラッドを雰囲気嫌いしていたのかもしれない。
他の曲に比べて孤独の陰がほとんど見えない、間抜けなくらいに多幸感に溢れた詩と曲の展開。
占いの話から地球人、木星人、でもワープするぜとすごい速度で話を飛躍させていくので最初は無茶苦茶びっくりした。
この人何言ってるんだろうとポカンとしてしまった。
けれども聴き続けていると、ここでの飛躍はただの照れ隠しのような可愛げのあるもので、「ごちゃごちゃ訳わかんないこと言ったけど、要はただありがとうって言いたんだ」という素朴なところに戻ってくるというギミックなのだと理解できた。
- ギミギミック
初っ端から地球が四角かったことになっていてびっくりした。
このアルバムの中では珍しく恋愛の話ではなく命の話をしている。
どっちにしてもなんかデカい話にしてくるからすごい。
反出生主義を匂わせるような歌詞を書いているのに、この十数年後に優生思想とも取られかねない発言が炎上したのを思うと面白い。
こう言った正論っぽい極論は倫理から一番遠いところにあるので、痛快に感じてしまいそうになるが、その受け止め方は慎重にしないとダメだよねと思う。
- 05410-(ん)
おしゃれな洋楽っぽい爽やかな曲ね〜と思っていたら、急にハードになってすごくダサい日本語歌詞が始まって目眩がした。
と思っていたらまたおしゃれ洋楽風のメロディに戻っていく。あのダサい日本語の歌詞は白昼夢だったのかと耳を疑ったりした。
ちなみにタイトルは語呂合わせで「オ・コ・シ・テン-(ん)」で「起こして」と読むらしい。「wake me up」って歌ってたもんね。
タイトルのギミックまでダサすぎる。サビこんなにオシャレなのに?
でもこれがクセになる、というパターンもきっとある。
ダサさと小洒落た感じを同居させるのもラッドの得意分野なのかもしれない。
- me me she
『君の名は』で使われた「スパークル」を思わせるようなバラード。
私の世代ではラッドといえば「DADA」や「おしゃかしゃま」のような喧しい曲のイメージが強かったけれど、今となってはこのテイストの曲の方が世間的なラッドらしさを持ってると言えるかもしれない。
「君の嫌いになり方を僕は忘れた/どこを探しても見当たらない」
「約束した100歳までよろしく/101年目がこんなに早くくるとは思わなかった」
「僕を作ってくれたのはパパでもママでも神様でもない/残るのはつまり君だった」
「君がないならきっとつまらないから暇潰しがてら2085年まで待ってるよ」
「この恋に僕が名前をつけるなら、それは『ありがとう』」
もうお腹いっぱいすぎる。勘弁してくれ。
無茶苦茶ラッドっぽいレトリック祭り。
大したことを言っていないのにすごく壮大な話をしているような気にさせる展開をするのが野田洋次郎は本当に上手い。
- 有心論
今度は地球を丸くしたことにされてビックリした曲。
曲の冒頭の歌詞を終盤で「3分前の僕」と回収するオシャレギミックが印象的な曲。
他にも「泣く君、笑う僕、それをみて笑う君、それ見て泣く僕」というありきたりな描写から「君はこの世で唯一会える神様。だから君のクローンができたら人間洗浄機ってコピーを書くよ」という常人ならざることを言い出したりもする。オリジナリティの出し方が無茶苦茶極端だ。
でもきっとこの振れ幅がラッドの詩が持つ飛躍したスピード感を出しているんだろうなとも思う。
四つ打ちのキャッチーなサビでがっしり大衆の心を掴みにくるテクニックはこの頃から健在だったんだなと「前前前世」大ヒットの予兆が感じられる。
- 遠恋
会話を拾い上げたような歌詞の展開が洒落ているけれど、肝心の会話の内容がしょうもない上に中途半端に品が無いのがミソ。
この曲もバッチバチにキャッチーなサビを控えながら、AメロBメロでは曲の展開が予想できないようなトリッキーな作りで聞いていて楽しい。
私の好みでは無いものの、ライブでは盛り上がりそうな各ソロパートもあったりする。コピーバンドとかでやったらすごく楽しそうな曲。
- セツナレンサ
まさに”洋楽っぽさ”の極みのような曲。そこに日本語バラードのパートまで織り込んでくる。
ハードなバンドプレイもいけるし、エモいバラードもいけるし、何なら一曲で両方やっちゃう贅沢な曲。
- いいんですか?
歌詞は全然好きじゃ無いけど、日本語をレゲエに無茶苦茶上手く乗せていて聞いていて気持ちいい曲。
ベースがとにかく楽しい。個人的にはスラップしまくる曲よりこういうベースラインの方が私は好きです。
「更に嬉し泣きって合わせ技もお前は」のあたりからのレゲエっぷりがすごい。
完全に日本語なのにこんなレゲエっぽい歌い方できるんだと笑ってしまった。マジですごい。
そしてラッドらしい気持ちいいメロディがラスサビで入る。
「あなたといる意味を探したら/明日を生きる答えになったよ」
「明日を生きる意味を探したら/あなたといる答えになったよ」
これもまた無茶苦茶ラッドらしいレトリックだ。
なんかすごく良いことを言ってるっぽい雰囲気が出まくっている。
- 指切りげんまん
このアルバムで唯一好みの曲調。イントロからAメロまではだいぶ好き。ローファイなビートとボーカルが心地いい。
歌詞はともかく、この曲は割と好きだなと思って聞いていたら、サビでただのバラードになっちゃってガッカリした。
しかも苦手な日本語ラップまで始まって本当に勘弁してくれとなった。
- 傘拍子
このアルバムで唯一全て英詩の曲。
GooGooDollsのカバーかと思うくらいの既視感。
ここまで言うことがないくらい既視感で構成されている曲を聴くと、ダサい日本語ラップでも入れてオリジナリティをねじ込んでくれた方がいいのかもなと思えるので、結果的にこの曲のおかげでラッドの良さみたいなものを実感できた気がする。
- ます。
歌詞で歌っているまんま、文字通り何も言っていないような歌詞でずっと歌い上げる曲。
なんか言おうと壮大なことを無理していっている感じの他の曲と違い、意図的に何も意味がない歌詞にしていそう。タイトルからもそんな気配を感じる。
「英語ってかっこいいぜ」という曲。
- 夢番地
歌詞の安さはともかく、最初の45秒くらいは割と好きでした。
こういった割と厚かましいというか、思い上がったような歌詞を堂々と歌えるのは生まれ育った環境の恵みだと思う。
歌詞を聞いていると、自分のことを決して卑下したり過小評価しないタイプなんだろうなと感じてくる。
おしゃれ洋楽の引用もおやつとして入っていてお得な曲。
- バグッバイ
ラッドらしいレトリックが序盤から畳み掛けてくる。
のちの「スパークル」でのヒットが脳裏によぎるオシャレ風歌詞のバラード。
少しU2を思い出すようなサウンドで音は結構好きです。
「大きな世界にちっぽけな僕がいる」という構図では決して世界を捉えずに、「僕がここにいて、そんなこの場所を世界と呼ぶ」みたいな態度のデカさが一貫している。
「僕が生まれてくる前と 僕が消えた後 なんか違っていてほしい 世界は違っててほしい」
「それを『夢』としよう/そしてそれを『愛』としよう/それを『神』様に願おう/そんな人を『僕』と呼ぼう」
鉤括弧での強調が目立つにもかかわらず、詩として何も効果を発していないのはもう慣れたが、そもそもこういった歌詞のようなスタンスでいられること自体が野田洋次郎を逸材たらしめているのではないだろうか。
気を抜いたら、グッと一気にカメラを引いたかのようにデカい主語にフォーカスが移っている。
そして最終的にはいつも愛情を語るが、肝心の底の表現は「愛」とか「恋」とかをそのまんま呪文のように振りかざす。
この図太さは一生でなかなか手にすることができない能力だ。
- 泣きたい夜ってこんな感じ
逆張りセンチメンタル。
ボーナストラックらしい楽しい雰囲気。
もしファンになれたらこういうので「仲良いな〜〜〜!」ってニコニコできる。
サービス精神旺盛なバンドだ。

