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道徳を捨てた合理的主人公が無理ゲーを乗り切る-『Thisコミュニケーション』作:六内円栄 について-

2023年1月10日

漫画やアニメなどの創作物の中では、すでに置かれている世界設定が絶望的なものがよく登場する。

いわゆる"無理ゲー"設定でスタートするのだ。
(難易度が高すぎるためクリアなど無理だと言われるゲームを指す)

『風の谷のナウシカ』(漫画版)は新人類のナウシカ達にとって、あの世界は間を繋ぐことしかできない滅びの地だったことがわかる。

『漂流教室』は小学校の校舎以外は全てが朽ちた荒野となっていて、小学生達だけで飢餓と新人類の脅威に立ち向かわなければならない。

『メインドインアビス』は深層に潜れば二度と生きては帰れず、その中には未知の生物や理が蔓延っている。

この『Thisコミュニケーション』という作品も、そういった高難易度な世界をやりくりしていくものだ。

本作品は、世界がイペリットという謎の生物に侵略され、街は毒ガスで満たされ、人類はすでにほとんど生き残っていないという状況からスタートする。
主人公のデルウハは、世界を救うためでもなく、生き別れた家族や恋人と再会するためでもなく、ただただ『毎日パンとサラミを食べれる程度の幸せ』を守るために生きながらえることのみを目的としている。
そんな中でたどり着いた研究施設では、高い戦闘力を持った少女たちが6人。
彼女たちはイペリットとの戦闘が可能で、仮に死亡しても数時間をかければ"死の直前1時間の記憶を失う"という条件だけで復活ができるのだ。
かつて優秀な軍人だったデルウハは彼女たちを率いてイペリットたちから生き延びるための戦いを始める…

…といった設定なのだが、肝心のこのイペリットという生物、むちゃくちゃデカいのだ。
モンハンのラオシャンロンくらいデカイ。
伝わらないのであれば、多分通天閣くらいはある。
そんな巨大な生物がウジャウジャ湧いていて、都市部などの生活区域はとっくのとうに滅んでいる。
研究施設では自給自足がなんとか追い付いてはいるが、それもいつまで持つかという状態。

ジリ貧でいつか数の暴力に押し負け、人類が滅ぶのはあと少しというところまで来てしまっているのだ。

しかも頼みの綱である少女たちは2、3人で協力してやっと1体のイペリットを倒せるくらいの戦力差。
思春期の彼女達の関係性は悪く、とてもじゃないがスムーズに強力な連携を取れるとは思えない有様。

これはもう負けだろ。

完全に手遅れの設定で、もうどうしようもない。
そんな完全に"詰み"の現状を少しでも生き抜くため、主人公 デルウハはその合理的な頭脳と経験を持ってして状況を乗り越えていくのだ。

あらすじ

20世紀後半――地球に突如として現れた謎の生物「イペリット」。
敵と認識された人類の多くは滅ぼされ、地上は廃墟と化していた。
生き残りのデルウハは、絶望の果てに自ら死を選ぶが、ある研究所の人間によって一命を取り留める。
その研究所では、イペリットに対抗するべく造り出された少女たちがいた!

https://shonenjumpplus.com/episode/316190246949008427

すでにざっとあらすじは書いてしまったが、この少女達は作中で「ハントレス」と呼ばれている。
ハントレスは高い戦闘力と蘇生能力を持つ。
たとえ戦闘で死亡してしまっても、死体を回収できれば"死の直前1時間の記憶が消える"代わりに復活が出来るのだ。

彼女達は基本単独ではイペリットには敵わないものの、数人で連携が取れればイペリットを退治できる程度の戦闘力を持っている。
(もちろんそれは普通の人間に比べれば充分にバケモノ級の強さではある)

しかしそれぞれの性格的な問題が、彼女達の協力的な関係の構築を阻んでいるため、現状はジリ貧。

そこで彼女らの指揮官になったデルウハが取る行動はシンプル。

彼女達に信頼してもらい、協調性と戦術を叩き込む

そんなことからしないといけないの…?
とは思うだろうが、あくまでハントレスも人間。
年端もいかない少女達であることは変わりないのだ。

デルウハは彼女達に戦闘訓練をしながら考え行動していく。
彼女達はなぜ関係性が悪いのか。
それぞれが抱えているコンプレックスは何なのか。
そして"相手が最も欲している言葉"は何なのか。

非情なまでの超合理主義のデルウハはこの課題を越えるために、彼女達の"死の直前1時間の記憶が消える"という特性を生かし、彼女達との"良好なコミュニケーション"をはかる。

すゝめ

なんといっても主人公 デルウハの性格がこの作品のミソである。
道徳心などカケラも持ち合わせていない。
目的のための合理性を最重要視し、必要であればどんな行動も厭わない。

こういった設定のキャラクターは「過剰な合理的思考ゆえに人とのコミュニケーションが不得手である」という要素を持ちがちだが、本作のデルウハはそうではない。
彼女達との関係性の構築に利益があると踏めば、相手を観察し、求める言葉をかけてやるという行動を取ることができる。

おちおちしてらんないような状況の設定だが、彼はことも面倒な「少女たちのメンタルケアをしながら信頼関係を築く」という過程を踏まないといけない。
そんな彼がとったのは「関係性の構築をミスったら、相手を殺害して記憶をリセットさせる」という選択なのだ。

好感度を上げるための行動が、逆に好感度を下げてしまった。
そうしたら彼はハントレスを殺害し、リセットして、別の行動を取る。

とんだ血みどろの『ときメモ』である。
道徳もへったくれもない。

これの面白いところは、あくまでハントレスは通常の人間より戦闘力が高い為、デルウハも一筋縄では彼女達を殺せないという点。
そして当然信頼を得るために殺害を行なっているとバレたら当然ハントレスからの信頼は得られないという点だ。

ただでさえイペリットとの戦闘が厄介な中で、デルウハは合理的判断の元、コミュニケーションのリセマラを繰り返す。
果たして彼は無事にハントレスを全員手懐け、イペリットで溢れる世界を生き延びることが出来るのか。

現在ジャンプSQで連載中の作品なので、ぜひリアルタイムで楽しんで欲しい。

レビュー【ネタバレあり】

ここからは具体的なシーンなどに触れていきます。
作品をまだ見ていない方にはおすすめしません。

私は『亜人』という漫画も大好きなのだが、『Thisコミュニケーション』はそれに近い主人公の"性格の悪さ"がある。

もっとも、『亜人』の主人公 永井は合理的な性格でありながらも、ざっくり言えば「救える人は救うべき」といった理念を持っている。
(永井の場合はその「救うべき」と「自分が戦う必要はない」という自己矛盾と向き合う人間らしさが魅力でもある)

しかしこのデルウハ、そんな善人的な理念はカケラも持ち合わせていない。

"失敗"を確信したらガンガンとハントレスを殺害して記憶をリセットしまくる。
一つ間違えたら不快な物語になってしまいそうなのに、何故かこんなにも面白い。

それはデルウハは過程は酷いものでも、確実に彼女達の性格を理解し接しているからだろう。

倫理的には悪人でありながらコミュニケーションを全うするデルウハが、倫理的には善人でありながらコミュニケーションが独善的な吉永と対立するという構図には唸ってしまった。

上記では『ときメモ』といったが、デルウハが求める関係性はあくまで指揮官と戦闘兵という関係だ。
にこからの好感度が上がりすぎてしまった際も「俺はお前とそういう関係になりたいわけじゃない」とリセットをかますところは笑ってしまった。

ベタベタに甘やかして好かれればいいわけではなく、指揮官としての信頼を構築する。

こういったキチンと合理的な立ち回りを一貫してくれるデルウハの行動に、思わず引き込まれてしまう。

作中で何度も「これは詰んだだろ」と思わせる展開があるのに、デルウハは彼女達への理解を糧にそれを乗り越えていく

もはややっていることはほぼほぼ悪役なのだが、この研究所はデルウハがいなければもうとっくに詰んでいるのだ。
「毎日パンとサラミを食べる生活を守る」ために動くデルウハは、この世界を救ってしまうのだろうか?

完結までとにかく楽しみな作品だ。

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