漫画

"天国"を求めてそれぞれの正義と謎を巡るディストピア冒険譚-『天国大魔境』作:石黒正数 について-

2023年5月24日

現在アニメでも絶賛放送中の『天国大魔境』だが、そのアニメの完成度の高さに唸ってしまった。

なんといっても8話はとても良かった。

バトル漫画などでは無いので、割と淡々としたトーンで進んでいく本作だが、アニメではコミカルなシーンとシリアスなシーンのメリハリが本当によく効いていて、アニメの『チェンソーマン』では見られなかったバランスの良さってこういうことか…と感動した。
(あくまで私はアニメの『チェンソーマン』も好きではあった。できればあのタッチで『ファイアパンチ』のアニメを見たい)

同時に原作の漫画を読み返し、改めてむちゃくちゃ面白い漫画だと再確認したので、今更ながら紹介したいと思う。

SFミステリーやディストピアサバイバルなどが好みの人は、序盤はローテンポな感じにヤキモキするかもしれないが、作中の謎がどんどんと増えながらも真相が匂わされていく感じに直ぐにハマっていくだろう。

あらすじ

環境の整った清潔な学園と荒廃した未来の日本、ふたつの世界を行き来する。
石黒正数ワールド全開のSFアドベンチャー。

美しい壁に囲まれた世界で暮らす子供たち。
トキオはある日、「外の外に行きたいですか?」というメッセージを受け取り──?

ほころび始めた天国で、少年少女の大冒険が始まる!
超才・石黒正数の最新作! 極大スケールでスタート!!

https://afternoon.kodansha.co.jp/c/tengokudaimakyo.html

この作品は二人の主人公を軸に、それぞれの話が並列して進行していく。

研究施設のような平和な環境で、同級生と遊んだり勉強をして過ごしている"トキオ"
トキオはある日端末のバグで表示された「外の外に出たいですか?」というテキストを目にする。
そして同級生のミミヒメは「外に出たいなと思っていたら、トキオとおんなじ顔の人が助けに来てくれた夢を見た」と話す。
施設の園長は「外は怪物が溢れる地獄だ」と諭すが、トキオは次第に今までは想像すらしなかった「施設の外」を夢見るようになる。

荒廃した東京の街で旅をする少年"マル"
彼はボディーガードのキルコとバディを組んで、「天国」という場所を目指して各地を巡っている。
都市文明は崩壊し、”ヒルコ/人食い”と呼ばれる異形の怪物が蔓延り、人々は各地の集落で隠れるように生き延びている。
そんな世界でマルは「自分と同じ顔のやつに薬を届ける」という目的のため、当てもなく「天国」を目指して旅を続ける。

そして、"トキオ"と"マル"の二人は奇しくも同じ顔をしているのであった。

すゝめ

『外天楼』や『それでも町は廻っている』で有名な石黒正数の作品である本作は、今あげた作品のように物語同士を繋ぐトリックの効いた構成のうまさが評判だ。

思春期の馬鹿らしさや自意識などをよくギャグにするので能天気な作品だと思いきや、ミステリー、ホラー、SF的な要素がしたたかに物語に絡みついている。

最近よく「伏線がすごい!」といった褒め方や評判の叩き出し方を目にするけれども、期待して手に取ってみれば固有名詞の布石と回収だけであったり、最初から開示されていなかったルールの後出しなどで予想を裏切るというもので、えらい肩透かしを食らうなんてことが多々ある。

しかし本作は、そういったいわゆる「伏線回収」といったようなケレン味の強い演出ではなく、最初から地に足をつけたストーリーテリングをしながら読者を驚かせたりワクワクさせてくれる。

真相が見えそうで見えない、それとも見えているのに気づけない、いや見えていたはずなのに見過ごしていた…
そんな風に振り回されながら、何かに気づいて見返してみれば、ただ見流していた登場人物の言動にさらに説得力を感じさせられる。

施設に問わられた謎の子どもたちと、荒廃した東京をサバイバルするバディの旅とだけ要素でみればベタに聞こえるかもしれない。
けれどこの作品は上記のような描写の丁寧さと、構成の旨さ。
それらを持ってしてSFミステリーとしても、ディストピアサバイバルとしても面白い漫画として成り立っているのだと思う。

同じ顔をした"トキオ"と"マル"の関係性とは?
外に蔓延る"人食い/ヒルコ"と呼ばれる怪物の正体とは?
施設内の子どもたちはなんのために外から隔離されているのか?
「天国」とは一体なんなのか?

アニメの話題を聞いて気になっている人、まさにアニメをみて感動した人は是非、原作も読んで楽しんでほしい。

レビュー【ネタバレあり】

ここからは具体的なシーンなどに触れていきます。
作品をまだ見ていない方にはおすすめしません。

この作品の面白いところは、先ほど述べた構成の妙はもちろんだが、登場人物ごとに各々の正義が丁寧に描かれるところも魅力だろう。

荒廃した都市で生き抜き「天国」へ辿り着くために冒険を続けるマルとキルコ。
二人の関係性は普段は能天気なバディでありながらも、マルは物語の根幹となるヒルコについての謎を異能と共に背負い、キルコは未知の医療についての謎をアンデンティティと共に背負っている。

そんな二人が道中に出会う人々は、この世界の(サバイブ方法だけではなく、精神的な拠り所なども含めた)生き抜き方というものにそれぞれ折り合いをつけて過ごしている。

民宿の奥さん、集落の人々、ホテル王、組織リビューマンの人々、宇佐美とその患者たち、神社の集落…

彼らの正しさや、生きていく意味をマルとキリコたちは一切否定しない。
しかし、そういった人たちと接していく中で、マルとキリコはそれぞれが抱える謎に少しづつ近づき、また同時に向き合う事を強いられていく。

そんな二人の旅がゆっくりじっくりとロードームービーのように展開していく中で、施設の"トキオ"の話も進んでいく。

アニメでの演出や声優などで既に視聴者たちの中では施設にいるシロが宇佐美なのではないかと話題になっているが、漫画を読んでいた時は私は一切気付くことができなかった。(むちゃくちゃ悔しい)

しかし読み返してみれば、察しのいい人や読み込んだ人なら「もしかして…?」と予感することが出来る、ちょうどいい塩梅で描かれているのがわかる。
話が進むについれて重なっていく施設の異様さ。何か既視感のある要素のダブり。そして次第に物語の仕組みが見えてくる。

この点と点の繋ぎ方が本作はなんだか"ぬるっと"しているのだ。

決定的な明かされ方をしたのは、放送で施設の子どもたちが「ヒルコ」と呼ばれるシーンくらいだろうか。

それ以前のシーンでは、核心的な要素が既にちょこちょこ描写されているにも関わらず、それらはあまりにもしれっと描かれている。

この作品を読み進めれば進めるほどに感じる「なんだかこれは無茶苦茶面白い漫画だぞ…?!」とだんだん確信していくような不気味さが、この物語全体を覆っているのだ。

この作品は構成の巧さだけではなく、語りすぎない描写の駆け引きでもその面白さを引き出しているのだろう。

現在既刊8巻だが、時系列のズレや宇佐美と星尾の正体など、大きな秘密が明かされている真っ只中だ。
ここからも完結まで加速していくワクワクをリアルタイムで楽しんでいきたいと思う。

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