展示

点描に立つ - 天野靖史/河合正太郎 二人展『往来するアストラルポイント』に寄せて

往来するアストラル・ポイント
天野靖史(@yasugon0127)/ 河合正太郎(@likeastoneks
2024.2.18(日),23(金)-25(日),3.2(土),3(日)
12:00~19:00 ※最終日は17:00まで

この度yugeで開催した二人展にテキストを寄稿させていただきました。
会場をご覧になった方、また展示が気になっている方々は是非読んでいただけると幸いです。


“アストラル(Astral)“

聞き馴染みがあるようで、いまいちはっきりとはピンとこない言葉かもしれない。

“アストラル”とは直訳では「星のような」といった意味を持つ形容詞だが、”アストラル体(Astral body)”や”アストラル界(Astral plane)”など精神的エネルギーや霊体的概念を指すことが多い。精神、魂、オーラなどを広いニュアンスで掬い上げるこのキーワードは、スピリチュアルからフィクションまでさまざまなところで使用されている。

今回の展示で作家二人が持ち出したのは、そんな曖昧模糊な”アストラル”という言葉に”ポイント(point)”を接続した造語だった。

“アストラルポイント(Astral Point)”

彼らはこの言葉を「身体の外側に存在する、見えざる領域にある地点」と説明している。

掴み所のない言葉がさらに煙に巻かれた気がする。

彼らが見据えているその地点とは一体何なのか。会場の作品と共に追っていきたいと思う。

左作品:河合正太郎 右作品:天野靖史

天野は自身の作品を指すとき「この作品」とは言わずに、必ずそれを「彼」と呼ぶ。

最初に聞いた時は、作家本人がまるで他人のような物言いで自身の作品を語るのが、少し可笑しくも思えた。しかし一度作家の手を離れ、窯の中から帰ってくるという陶芸のプロセスを考えると、その不思議な距離感も少し納得ができる。そして何よりも天野の作品が持つ、とても「これ」と物のようには呼べない”人”としての存在感がそうさせるのかもしれない。

その異様なほどに”人らしい”作品たちは、仏像や女神像のような偶像的なシルエットでありながら、それらのイメージを決定づけてしまうシンボルの描写は曖昧に留め、境界線が溶けていくような造形がほとんどを占めている。それによって彼の彫刻は、個人や性別といったイメージから隔離されながらも、確かな人の気配だけが抽出されたような佇まいを放っている。

むしろ天野の作品が持つのは、偶像ような全てを見透かしそうな眼差しというよりは、底を知ることの出来ない”他者”の眼差しに近い。その畏怖が彼の作品を神々しくも近しい存在にも見せてくれる。

一方河合は自身の作品を「描き終えた」と思うことが殆ど無いと言う。 描写のみで画面を作らない彼の作品は、常にその画面が更新される可能性を内包している。

日本画を専攻していた彼は、画材こそ顔料や膠を使用するが、描くのは一般的によくイメージされる日本画の精細な花鳥風月とは大きく異なる。

彼の絵画の支持体は、パネルに水貼りされた段ボールによるものだ。彼は顔料や切り紙によって複雑に重なった凹凸を持つその画面を、剥ぐ/削る/洗う/擦るなどの恣意的な行為を加える事によって、漆の研ぎ出しや地層の断面図のような表情を作り出す。

生活の延長にあるような素材から作り出された絵画は、作品へのダメージとも言えるような選択によって、その画面は幾年前に書き残された壁画のような風格を纏っている。

それぞれ別のアプローチを見せながらも、二人の作品が入り混じるこの会場は、生活の温度と荘厳さを同居させたような奇妙なグルーヴが生まれている。 それはきっとそれぞれがルーツとする点と線によるものだろう。

天野が制作のルーツとするのは、東寺の食堂(じきどう)にある、木造四天王像だ。

1930年に火災によって大きなダメージを受けながらも補修作業が行われ、現在は重要文化財に再指定されている。表面が焼け朽ちて、衣類などの装飾や四肢が欠損した四天王像が、それでもなお人らしく佇むその姿に、天野は動けなくなったと言う。

輪郭を失っても尚そこに遺すされる何かを彼はそこに見たのだろう。

その焼け焦げて黒ずんだ姿に心打たれた天野が、粘土を黒く焼き上げる炭化焼成という技法を選択するようになるのは必然だったのかもしれない。

https://tsumugu.yomiuri.co.jp/feature/shitennouryuzou/

河合が制作のルーツに挙げるのは奈良のキトラ古墳にある、四神の壁画だ。

7世紀末から8世紀初頭頃に描かれたであるとされるその壁画は、1983年に発見された後、2004年から保存のために壁面から剥ぎ取られ補修がされた。河合はその鉋をかけたようにピーリングされた壁画の補修を見て衝撃を受けたと言う。

長い時を経て重なった風化のダメージと、それでも尚朽ちずに遺る四獣の描写。想像もできないような時間の積層が、その平な画面に物質として確かに存在していたのだ。

ここで改めてこの展示のタイトルに立ち返ってみる。

“往来するアストラルポイント”

”ポイント(point)”は「地点」という意味以外にも、先端・瞬間・要点などとも取ることが出来る。

彼らの制作は「人が何かを創り出すサイクルの中で、物質的輪郭を失っても尚そこに遺る確信的な”ポイント”を模索する行為」と言えるだろう。

hoge代表 / yugeアートディレクター
コニシムツキ

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