思弁徒歩紀行

[#03]出町柳の更地が招く -思弁徒歩紀行-

2025年3月29日

出町柳周辺は、京都市内の中でも屈指の良い町である。

大阪まで出ることが出来る京阪の駅と、京都らしい路面電車の叡山の駅があり、南に行くにも北に行くにも都合がいい。
少し西に歩けば地下鉄の今出川駅もあるので、どこに行くにしても便利だ。喫茶店やパン屋も多くあり、学生や地域の人たちがいつも鴨川デルタを賑わしている。
なにかとひいき目にみてしまうのは、私が京都に来て最初に住んだ町が出町柳だったからかもしれない。

そんなわけで目的地を決めずに散歩をしていると、気づけば出町柳の方まで誘い込まれるようにたどり着いたりする。
この町に来るといつも立ち寄るのが枡形商店街だ。

異様に安いスーパーのゑびす屋、こだわりのセレクトで作品上映をするミニシアターの出町座、謎の品揃えであふれる古本屋、パスタがうまいライブカフェ&バーS.O.U.……

いつも幅広い年齢層の人たちで賑わっているのがこの商店街の魅力だ。

アーケードの上に掲げられたボードには大きく標語が書かれている。

「きょうも元気だ」

なによりである。

「うれしいなぁ たのしいなぁ」

何がだよ。

こんな具合にあふれんばかりの元気を振りまいている今時珍しい商店街だ。

この商店街のなかでも私がよく行ってしまうのが出町座というミニシアターである。
中にはカフェと本屋が併設されていて、コーヒーやご飯もおいしい。映画と言えば雑に飲み食いをしながら見てしまうものだけれど、出町座は映画の後にその場でおいしいコーヒーを飲めるのが嬉しい。
ふらっと出町座にいって、気になる映画が見られそうなスケジュールだったらチケットを買う。
特に気になる映画がなかったら本を買ってコーヒーを飲みながら読む。
そんな具合で、映画を見るにしろ見ないにしろ、ゆっくり過ごすことができるので、どうにもふらっと寄ってしまう。

先日は見たかった映画のその日の上映が終わって居たので、書店をブースを物色することにした。
以前から気になっていたニコラ・ブリオーの『関係性の美学』を見つけたので、購入し、カフェのカウンターでコーヒーを飲みながらしばらく読み進めることにした。

私は紙の本を読むときは、付箋をいつも使っている。セロハンのような半透明のもので、ちょうど一行分の細い幅のポストイットを気に入っている。
その日は急に書店で本を買って読み始めたので、手元に付箋が無い状態で読むのが少しもどかしかった。また家に帰ったあとに、付箋をつけたいと思った場所を思い出しながら読み返そうと思った。

商店街の奥には豆腐屋があり、そこではコロッケが40円くらいで売っている。脅威の安さで豆腐屋の経営が心配になったりするが、食べてみると味もしっかり40円なので安心する。
並んでいるコロッケを注文すると、それとは別で新しいものを揚げてくれたりする。しかしそのイベントは不安定に発生するもので、いつもいつも揚げたてのコロッケを出してくれるわけではない。完全におやじのさじ加減でしか無い。
もしかすると「揚げたてください」といえば揚げてくれるのかもしれないが、たかが40円のコロッケのために勇気を振り絞るのもなんだか踏ん張りが効かない。40円ゆえに心誘われるコロッケではあるが、40円ゆえに「まあ別に食べなくていいか」と諦められるコロッケでもあるのだ。

枡形商店街を抜けて、河原町通りを南に下ろうとしたとき、なにかとてつもない違和感が脳裏によぎった。
なんだかやけに西日が刺さる。
よくよく見てみれば、交差点の南東にあった巨大なパチンコ屋が潰れ、その一体が更地になっていたのだ。

私の記憶よりもパチンコ屋の敷地はずっと広かったようで、いったい何事かと心配になるくらいに広々とした更地が急に出町柳に出現していた。
パチンコには縁がない私にとっては、歯くそほどの思い出すらないのだが、それでもなんだか風景が変わってしまった事への感傷が走る。すこししんみりする。
すこししんみりしかけたが、パチンコ屋がなくなった今の方が日差しが綺麗に町に降りている。全然無くなってよかったんじゃないか。むしろ良い風景になったかもしれない。
なんとなしに写真を撮ってみる。 これからは散歩先でもっと写真を撮る癖をつけてみようと思った。こういった大きな風景の変化は気付きやすいけれど、もっとしょうもない小さなものものとの遭遇を記録していきたい。
どこかのタイミングでカメラを買おう。そんな余裕があればだけれど。

パチンコ屋が潰れて日当たりのよくなった鴨川デルタが、西日できらきらとまぶしい。
結局なんだか感傷的になっている。
なんだか帰るのが勿体なくなって、枡形商店街にもどり、ゑびすやで買い物をしてから家路につくことにした。
肉が安かったのでトンテキ用の豚ロースを買って帰る。

恋人が仕事を終えて帰ってきたので、豚ロースを見せると「肉はできるだけ国産のものを買ってほしい」と叱られた。

パチンコ屋が潰れたことで生まれた感傷のせいで余計な買い物をしてしまった。

おお、パチンコ屋、なぜ潰れてくれたのか。

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