随筆

補遺

2025年9月2日

2025年9月1日。

ブログを更新したあとにXのスペースで色々と喋った。

特に何を喋るかは決めていなかったが2時間弱喋っていたので、思ったよりまだ書き留めたい事があるのだと知り、それらを再構成しながら書き起こしていきたいと思う。

退去にあたって

yugeを閉める作業を4,5日間くらい続けていたのだけれど、それをSNSで告知していたらたくさんの人がyugeの最後を見届けに来てくれて、本当に嬉しかった。

職場の同僚や、大学からの友人、展示をしてくれた作家、展示を見に来てくれていた人…etc.

本当にほとんどの時間に誰かしらがいて、何かを喋っていた。

また要らなくなった備品や家具、家電、木材、書籍などを自由に持って帰ってもらっていい状態にした。

多くの備品や木材は京都清水五条エリアにある大黒湯に引き取ってもらった。
大黒湯はちょうど9月1日からリニューアルオープンを迎えるところだ。
その改装にあたって大量の木材や家具類を持っていってくれた。

家電関係や細々した備品のほとんどは京大西部講堂に引き取ってもらった。
西部講堂も現在2階の事務所を改装しているところらしく、いろいろなものを持っていってくれた。

ともにこれからも京都で活動し続ける歴史ある場所であり、それらの場所にyugeの欠片が散り散りになって存在し続けるということが私にとってはとても嬉しいことだった。

他にも漫画や図録、評論系の書籍もすこし手放すことにした。
それぞれ現役で作家活動をしている人たちが少しずつ手にとっていってくれた。美手帖や評論を持っていってくれたのはほとんど作家の人たちだった。
本来手放すつもりはなかった本である『安部公房の演劇』と『安部公房レトリック辞典』なども、作家の伊藤真生くんに譲った。(なんだか彼に持っていて欲しくなってしまったのだ)
制作をする予定がない私が持っているよりも、彼らがそれらを持っていることのほうが私にとっては希望のようなものを感じられた。

途中で清掃業者などももちろん入れたのだが、多くの人が最後にyugeを見送りに来てくれて、その欠片を持ち帰ってくれたおかげであの場所はついに空っぽになることができた。本当にみんなありがとう。

資金さえあればyugeは続いたのか?

例えば、毎月10万をyugeに出資してくれる存在を見つけられたりしたら、yugeはもっと続いたのだろうか?
もしくは毎月10万の収益をだして家賃を補填し続けられたら、yugeは永続的に活動していたのだろうか?

昔の私にとっては「YES」だったとおもうけれど、今の私にとってはそれはきっと「NO」だ。

それこそ8年半続いた。
10周年とか迎えられたら嬉しかっただろうが、それでも8年半は短くはなかった。
義務教育を終えるか終えないか、大学に入っても博士号を取れるか取れないかくらいの長い期間でもある。

仮にもう一年やっていたとしたら、もうあと半年頑張って10周年を迎えようとしたかもしれない。

けれども、どんなifを描いても、私がしんどくなってしまっていた事実は変わらなかっただろう。

yugeという場所を持ってたから得られたものもたくさんあったが、その場所を持っているから苦しく思うものもたくさんあった。

私はそもそもタフな人間ではない。心身ともに。
だからきっと、遅かれ早かれyugeを辞める事になっていたと思う。

ただ、様々な問題を帳消しにして、yugeという場所がもうすこしでも長く、そしてそれがいつか見えないほど遠い時間まで存在させられることが出来たのならば、それはなんて素敵なことだったろうなと思う。

ギャラリースペースを"運営"している場所はすごい

ギャラリースペースで続いている場所は、思えばどこも別で本業があったりする。

京都で言うならば、hakuはメインで美容室がある。vouもショップ経営がメインとして繁盛している。PARCも(閉廊してしまったが)飲食系が母体。写真美術館は出版業が母体。hakariは不動産関係が母体。蔦屋は書店が軸としてある。

現代美術を取り扱うギャラリーは一本足では立つことが出来ないのかもしれない。

そもそも軸となる商売を成立させているだけでもとんでもなく凄いことにもかかわらず、それにプラスで全く金にならないギャラリー業にまで手を伸ばしているのだから正気の沙汰ではない。
そんなスペースを設けるよりも、飲食のブースを作ったり、商品の陳列をしたり、商談用の部屋にしたり、ただのレンタルスペースとして放任してしまうほうがよっぽど商売としては有意義だろう。(実際そうやって一旦立ち上げられてきたギャラリースペースがどんどんと淘汰されていく現場を幾度となく見てきた)

にもかかわらず、それぞれ苦しみながらも、我々が知る由もない思惑を握りながらも、それぞれのスペースをそこに存在させてくれている。

本業の余力を持ってして、道楽や社会貢献としてやっと存在が成り立つ変な場所。
それがギャラリースペースなのだ。

作品を仕入れてショールームのように即売会をしているわけでもなく、インテリアの営業のように売りさばくわけでもなく、イベントの装飾として"アート"を呼び込むわけでもなく、イルミネーションやアトラクションとしていたずらに人を呼び集めるわけでもなく、ただ真摯に作家と作品と向き合える可能性を残しながら空間がそこにある。

なんて希少で尊いものだろうかと思う。

複製に耐えうる価値を持つメディアとそうでないメディア

音楽や文学、服飾、飲食の届き方(受け取り方)にはつくづく嫉妬する。

音楽を例にするならば、その作品のジャンル、奏法、時代、ルーツ、アートワーク、作家のバックボーンや文脈などをも面白さとして享受されている環境ができあがっていると思う。
それは多くの先人達が土壌を作ってきたことによるものだけれど、我々はその背景を感じながら、それらの枝葉の先として「口ずさみやすいメロディ」や「心に残る歌詞のフレーズ」というものを趣味性・娯楽性の極致として受け取ることができる。

けれども美術はどうだろうか。どの作家や作品も(”作品”としてい成立しているのならば)ジャンル、製法、時代、ルーツ、公開・設置環境、作家のバックボーンや文脈などをも面白さとして享受されているのだろうか?
美術ではなぜだかそれらを無視して、枝葉の先でしかない「パンチのあるビジュアル」や「破天荒でキャッチーな作家ストーリー」だけが趣味性・娯楽性の結晶として訴求されている。
まるで美術の本質はその枝葉の先にしかないかのように持て囃されてきた背景が確実にある。

つまり、他文化では透明化された「土壌としての人文学的価値」を美術は無視されてきたきらいがあるのだ。

それはいったいなぜなのだろうか。

他の文化の売れ入れられ方にたいして美術が決定的に違うのは、その普及の仕方だと思う。

本や音楽、服飾などはオリジナルを商品として商売するのではなく、すべて複製品を商品として普及することで商売として成立する。
少し特殊ではあるが、言ってみれば飲食もそうだ。プリンターとインクの関係のように、食材と調理過程を通して、料理を複製して普及している。
そしてそれらの決定的な強さは「複製品になろうが価値が変わらない(下がらない)」という点なのではないだろうか。

もちろんそれぞれの分野において「生」が持つ価値を保証するようなアプローチはある。
けれども基本的には複製物が我々の手元には気軽に届く。そして気軽にお金を払うことができる。

にもかかわらず、美術はどうしても現物にこそ価値が依存してしまうのだ。

どの時代に、どんな文脈やバックボーンを持った作家が、どんな素材で、どういったタッチで、どういった工程で、どういった環境に、どういう形式で、どんな状況で作品を存在させるか。

それらが美術の価値を決定的に位置づけてきた。
それゆえ、同時にそれが致命的なのだ。

演劇などで考えてみると、複製データを大量に上映して訴求する映画とは違い、いわゆる「生物(なまもの)」として親しまれている。
あれもどうように、その現物にこそ価値を見出している部分が大きい。

そこでまさに起きている。そこに居合わせる。目の当たりにする。
これらが表現者と鑑賞者によって対等に支えられている。奇跡のようなメディアではないだろうか。

つくづく演劇がなぜ成立し続けているのかがわからなくなる。
商品として極めて不安定なものにもかかわらず、文化的な眩しさと、多くの人の血と涙と汗でなんとか自立している。

きっと、演劇と同じく、美術もそうやって鑑賞者側が文化的な構造をともに支えるような姿勢を取れるように、なんとか誘い出す努力をしなければならないのかもしれない。(もちろん演劇も美術の一つでは成るのだが、成り立ちや形式があまりにもガラパゴス化しているため)

作品を購入するということ

ギャラリーに足を運ぶ人はもともと多くはない。
そしてさらに作品を購入する人はもっと少ないというのは前の記事で書いたとおりだ。

私はyugeで展示をしてもらった作家の作品で気に入ったものが会期の最後まで残っていたら(小作品ばかりになってしまうが)購入することもぼちぼちあった。それは私のいた環境や状況がそうさせてくれたのが大きい。

ただ、人の作品を買ったことがある作家はどれくらいいるのだろうか。
意外に思うかはわからないが、美術作品を買ったことがある美術作家というのは案外多くない。

音楽に金を払ったことがないミュージシャンはほとんど存在しないだろう。
漫画を買ったことのない漫画家も、本を買ってことのない物書きも、外食したことのないシェフもきっとほとんど存在しない。

けれど、絵画を購入したことがない絵描きはわりと存在する。

わたしはこれを一切否定しない。する気にもなれない。
なぜなら絵描きが絵画を購入するほど金銭的な余裕があるわけなんてほぼ無いのだから。

だからこれは「自分の作品で食っていこうとしているのに他人の作品に金を出さないのか」という話なんかではない。

繰り返しになるが、やはり美術というメディアがもつ「複製に耐えうる価値を持たない」という弱点の問題に帰ってきてしまう。

殆どの場合、作家にとって作品を複製することに意味はなく(むしろそれは価値を下げる行為になったり、意味を壊す行為になりかねない)、当然それぞれを単価の高いものとして生産して販売していく形になる。
そうなると購買層が一気に絞られて、普及方法が歪になっていく。がんじがらめである。

考えれば考えるほど、美術という文化形式が、商売という構造と極めて相性が悪いという気がしてならない。

仲介・取次的な中間の存在の意味

先日積読ラジオというユーチューブチャンネルのどうかを見て、本や業界というものも驚くほど厳しいのだということを知った。

本当にいい動画だったので、ぜひ時間が空いたら見てみてほしい。

この動画では本の流通構造として、「出版社」「取次業者」「書店」があるという説明をしている。

そのややこしい仕組みや理由については動画内で詳細に説明されるのでここでは省くが、この「取次業者」という存在があることで、書店や本を買いたい人を苦しめてしまう状況があったりする。

本来取次業者は、より広く、より多くの書店や人にくまなく本を届けるのに必要な存在だったにも関わらず、資本主義のバグのようなねじれが出来上がってしまっているのが現状のようだ。

この話を聞いていると、なんだか他人事とも思えない気持ちになってくる。

美術の場合は当てはめるなら「作家」「ギャラリー」「購入者」という形になるだろう。
作家の作品をギャラリーで発信して、購入者にとどけることで、作品が販売される、知れ渡る。シンプルな話だ。

けれども昨今は作家自身でSNSなどを利用してセルフプロデュースをすることも可能だ。
作家から直接作品の情報を受け取って、購入希望者が直接作家から作品を購入しようとするなんてこともあるだろう。
そこで登場するのは「ギャラリー」である。

「すみません、〇〇ギャラリーさんで作品を取り扱ってもらっていまして、そこを通してもらえますか?」
「〇〇ギャラリーの所属作家でして、そちらに連絡をおねがいします」

ギャラリー、50%の売上マージン獲得。

変な話である。ギャラリーでの展示で作品売買が成立したならともかく、そうでない場合もギャラリーを通さないといけない。
それによって作家は売上が半分になり、販売価格はギャラリーが引き上げたりしている場合もあるので購入者も損である。

はたして間に存在する我々は必要な存在なのか?

その答えは間違いなく「YES」だろう。

ここでもまた美術の「複製に耐えうる価値を持たない」という特性が登場する。
あくまで美術を美術たらしめるのはその作品がもつ数多の要素や状況だ。
SNS越しではなく、それらの要素が伝わる展示をおこない、現場でその状況に居合わせてもらうことで作家の意図は果たされる(ことが通常の作品の場合ほとんどである)。

美術の根っこにある人文学的価値を透明化するためにも、作家と場所は共生関係になければならない。

しかし、そんなことどうでもいい作家や購入者がいたらどうだろう。

また話は大きく変わってくる。
作品のビジュアル部分のみを発信して、そのビジュアル部分のみから惹かれて購入する。それが成立する作品や作風、制作スタイルももちろん存在する。なのでギャラリーの立場はあやふやだ。

つまりどういうことかと言うと、様々なパターンがある作家や作品のあり方と向き合い、その都度必要なマネージメントやプロデュースを判断して動いていくということがギャラリーには必要なのだ。

商売に舵を切る度胸があるのか

中間に存在するものとして、必要な仕事は確かにある。その存在意義も確かにある。

けれども、悲しいことにそれらに努めたところで、それに比例するように売上が上がるわけではない。

どれだけ来場者数が多くても、作品の販売がなければ収入は0である。
展示にまつわる備品費や広報費、運送費…etc. が出ていくばかりである。

それは結局多くの人は美術作品を購入できる経済力を持っていないからである。
同時に美術作品が多くの人の手にわたる価格設定ができないものだからでもある。

極端な話をしてしまえば、作家に対する制作サポートなどのもろもろなんかよりも、金持ちのコレクターを大量に展示に呼び込める連絡網を持っていることの方が、ギャラリーという商売をやっていくには優先度が高いのかもしれない。

なんて、なんてバカバカしいのだろうか。
そう思ってしまう自分がどこかにいる。

結局「美術を使って商売がしたい」という人間と「美術がしたくて商売にもする」という人間では天と地ほどまでの差があるのだ。

これは私が「美術には大前提として人文学的価値がある!文化の一端を担うものとして譲れないところはあるのだ!」というプライドをどこかで持ってしまっているのが悪い。

そんなことをもやもやと考えないで、「アートでなんか面白いことしましょうよ!」「事業にアートを取り込んでいきましょうよ!」「この作家さん、価格が上がっていってるんですよ!ほら金箔やクリスタルも使ってる!」と商売に割り切って舵を切ることが出来たら、どれだけ楽だっただろうか。(もちろん楽なわけがない。商売をするのは無茶苦茶大変である)

事実、空気の淀みまくった美術には、広告代理店的な外連味の風を吹かせないと業界として終わってしまう。
それを素直に喜びながら、自分は自分として舵をしっかり握り続ける度胸と根性が私にはなかったのだ。

yugeという場所が終わって

yugeという小さな場所をやってきたことに対する「やらなきゃよかった」という後悔は一つもない。

いままでの展示や活動において、作品やお金のやりとりで人に迷惑をかけてしまったことに対する、本当にごめんなさいという気持ちはたくさんある。

だが、多くのものをyugeという場所で得てきたし、実際わたしは白々しくも「これはこれでやりきったのだろうか」という一種の清々しささえ感じたりもしている。やってよかった。yugeという場所を作って8年半も動かせてよかった。

ただ同時に、走り終わった今、ふと横を見たときに誰もいないという事実。
これについては本当に大きな心残りではある。

私自身が頼み込んで集めた人たち、協力してくれた多くの支援者たちは確かにいて、常に助けられてきたし、そのおかげでいまがある。常に背中を押してもらっていた。

けれども、同じモチベーションで、同じ指針を持って、同じ負担と熱量で横並びにこの場所を誰かを動かしていくことは出来なかった。
誰かとともに活動することについて甘く考えていたし、向かう先をきちんと示したり、金銭面や時間などの直接的な負担がそれぞれの人にとってどのくらいものだったのかをもっと向き合うべきだった。これは私が結局ひとりよがりな立ち回りをし続けてしまったことの結論なのだと猛省している。

私はチームとしてyugeという場所を膨らませていきたかったし、同じモチベーションで一緒に走れると思っていた。私はともに誰かとやっていけると慢心していたところがあった。
だから勝手に、まるで誰もついてきていないかのように錯覚してしまったし、それで勝手にくじけてしまったフシもある。
最初から最後までなんて身勝手だったのかと思う。

それでも、そんな中でもyugeという場所ではずっといろいろな作家が展示をしてくれた。

絵を書いている人、彫刻を彫っている人、アパレルをやっている人、ジュエリーをやっている人、演劇をやっている人、音楽をやっている人、お笑いをやっている人、ラジオを一緒にやってくれる人。

そんな物事がずっとあり続けた。

場所としてやっていく能力は私には圧倒的に足りなかった。
集団として引っ張っていくことも私はうまく出来なかった。

そんなガタガタの外装にもかかわらず、中身は常に多くの作家がともに色々な物事を見せてくれた。
ほんとうにすごくありがたいことだと思う。素晴らしいことだったと思う。

仕組みとして成り立っていなかったのに、多くの人が内外問わず、循環させてくれていたのだ。

2017年から2025年までのすべての展示の年表をまとめみようかと思う。
ブログ上というみすぼらしい場所ではあるが、せめてこのネットの海に残しておきたい。

やらんでもええことをやっているお前

結局私が今日話していた、ギャラリーという場所のやりづらさや、音楽や文学などの複製作品にたいする羨望も、すべて贅沢な話でしかないのかもしれない。

そもそもなんのメディアにおいても「制作をする」という行為は生活には必要はない。

絵を書かなくても、歌を歌わなくても、文章に記さなくても、体をしなやかに動かさなくても、働いて飯食って風呂入って寝てれば生活というものは成立する。それで充分尊い。素晴らしいことだ。

なのに、なぜか何かをやってしまう。

そこからがきっとまたスタートになるのだと思う。
私の場合はずっとぬるぬると続けて来てしまった。「やんなくてもいいんや!」と気づく工程もなく、「やってきてるしな」という雰囲気までもを燃料に投下してしまっていたところがある。
なので、いったん「やんなくてもいいんやなぁ」と実感する時間を置きます。

ただこれは「みんな一旦手放せ」ということを伝えたいのではなく、すでにずっとなにかをぬるぬると続けてきてしまった人は「やんなくてもいいのにやり続けているの、あんたが思っている何倍もすごいで!!!」という話でもある。

何かを作ったり、発表するということはすごいことなんだ。

小さい頃からだったり、学生の頃からだったり、ずっとやっているから、辞める理由も特に無く、ただなんとなくずっと共にある物事があなたにもなにかあるだろう。
それを当たり前に続けているということは、すごいことだ。一度それを実感して、自分自身のことを褒めてやってほしいと思う。

立派だね。
やんなくてもいいことをし続けているのって、素晴らしいことだね。

そもそも生活もしんどいじゃんか

生活とべつで何かをしていることは立派だと語ったけれど、そもそも考えてみれば生活自体も無茶苦茶たいへんなことではないか。

ばかみたいな話だけれど、生活(目を覚まして、飯を食って、外に出て、仕事をして、誰かを話して、家に帰って、風呂を沸かして、飯を食って、風呂に入って、食器を洗って、洗濯物を回して、干して、畳んで、歯を磨いて、アラームセットして寝る)するだけでも、なんて凄いことかと思う。偉すぎる。

しかもその上、なんとみんな、なにかしら好きなものがあるだろう。

それってなんて豊かなことなんだろうか。

好きな音楽があって、好きな漫画があって、好きな小説があって、好きな映画があって、好きなゲームがあって、好きなご飯があって、好きな飲物があって、好きな服があって、好きな道具があって、好きな家具があって、好きな絵があって、好きな写真があって、好きな場所があって、好きな人がいる。

それって素晴らしいことだね。

それって凄いことだと思うな。

ただ仕事をしていても、それがなにかにつながってきっとどこか誰かに何かを起こす。
ただ何かをつくっていても、それをきっと誰かが好きになってお金を払ったりする。

私はyugeというアートスペースを辞めたけれど、まだまだ見たていたい作家も、見てみたい美術作品もある。読んでみたい漫画や本も、まだ連載中で楽しみな作品もある。まだ聞いたことのない音楽がある。また繰り返し聞きたい音楽がある。触ってワクワクする道具がたくさんある。それを使ってなにかをしたいと思える。楽しみにしているアニメもある。公開がたのしみな映画もある。サブスクには観たい映画リストがたくさん溜まっている。見に行きたい演劇もある。毎年行っている落語の公演もある。お気に入りの喫茶店がある。ずっと気になったまま行けていないお店もある。寒くなってきたら着たいコートがある。

この先の人生の楽しみを見積もってみると、これだけでも大量に溢れている。

誰かが(あなたが)何かを作っていることで、こんなにも喜びがある。

なにかをやっている人たちはそれをもっと自覚していい。

それが存在する喜びがある。それを受け取った喜びがある。それを誰かと分かち合う喜びがある。

実はあなたが一つ何かを作り出すだけで、思っている3倍も喜びが生まれています。

ありがとうね。

この話の終わり

結局この話の着地はどこになるのだろうか。

私は勝手にスッキリしているけれど、やっぱり関わってくれた人に申し訳ないという気持ちがしこりのように残る。

せっかく一枚噛んでやったのに辞めるんかい、という話である。

でも、私はもう、いいんです。もう無理だったし、もう充分でもあった。

ただ、私はいろいろなものを面白がりながら、これからも生活を続けていきます。

だからその時は私に教えて下さい。

面白い展示があったとき。
面白い本があったとき。
面白いアニメや映画があったとき。
かっこいい服飾を見つけたとき。
かっこいい音楽があったとき。

そして、可能ならば、おもしろい作品を作ってください。

私はきっとおもしろがると思います。
それが私の楽しみです。

あんたがやっていることは、あんたがおもっている3倍はすごい。
それを忘れないでください。

yugeという場所に来てくださり、参加してくださり、利用してくださり、知ってくださり、見守ってくださり、本当にありがとうございました。

みなさん、生きていきましょう。

この世の中、無茶苦茶おもしろい物事が生産され続けています。

他でもない、あなたのおかげで。

ありがとう。

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