思弁徒歩紀行

[#05]足元のかがやき -思弁徒歩紀行-

2025年4月21日

すっかり散歩にハマり町中を散歩してきた私だが、京都随一の散歩道といえばやはり鴨川沿いで間違いないだろう。
風景があまり変わらないながらもいろいろな人々を見ることが出来る。

同じく散歩をする人。ジョギングをする人。遊ぶ子供。飛び石を渡る親子。ずっと座って動かない老人。
そしてなにより、犬の散歩に遭遇できる。

散歩している犬は頻繁に飼い主の顔を見る。かと思ったら路地の匂いに夢中になったりする。なんて愛くるしい生き物だろうか。
昔は猫好きだった私だが、友人の飼っている犬と一緒に遊んで以来、すっかり犬好きになってしまった。イチコロだった。
いまでは私の人生の大きな目標の一つが「でっけー犬とハッピーに暮らす」になっている。

そんな私の最近の散歩習慣を聞きつけて、犬を飼っている友人が「犬の散歩がてら一緒に散歩しよう」と連絡をくれる事がたまにある。これ以上無い役得だ。
二つ返事で連絡を返し、私のスケジュールに犬と散歩(友人付き)という華々しい予定が芽吹いたのだった。

一人はチワワを飼っている大学時代のM川という後輩だ。
彼女は大学卒業後に東京に出ていたが、去年あたりに京都に戻ってきて納棺師として働いている。
待ち合わせ場所に自転車で登場した彼女は鞄やリードを持っておらず、犬の散歩なのに犬を忘れたのかと思いきや、ダウンコートのチャックの隙間からチワワがひょっこりと顔を出してきた。
ちいさなチワワはボディバックのような専用袋で抱える事ができるようで、さながらカンガルーのように大事に小袋に包まれてやってきた。
地面に下ろして貰ったチワワはか細い手足をぷるぷるさせながらもあたりを嗅ぐ嗅ぐ。

名前を聞くと、シフォンちゃんというらしい。
白みかかった薄いベージュの綺麗な毛並み。

シフォンちゃんの顔を見るために私はかがんで「こんにちは」と挨拶をする。
指先を差し出すと一生懸命に嗅ぐ嗅ぐ。「匂い覚えてや」と伝えるとそれに答えるように嗅ぐ嗅ぐ。
そして不意に興味を無くしてあたりをキョロキョロし出す。動物はこの勝手さがたまらない。

車や人通りが多い道だとシフォンちゃんも歩くのが大変なので、ちょっとした小道までいって一緒に歩き始める。
あまり散歩が得意ではないというシフォンちゃんはしきりにM川の事を確認しながら、5分ほど歩くたびに歩くことを拒否する。
しかたなくM川がシフォンちゃんを抱え、またしばらくして地面に下ろすと喜々として歩く。
そしてまた5分後には歩くことを拒否し出す。

そんな具合を繰り返しながら私たちは京都駅周辺から五条通り周辺をぐるぐると歩き回る。

京都駅の少し北のあたりはコンビニなどの小さな店舗のテナントが割と入れ替わっていたりする。
内装をガラッと入れ替えているガラス張りの店舗なんかは外から見るとインスタレーションのように見えたりする。同じ美術系の大学出身同士だと「こういう展示、直島にありそうだね」という冗談が言いやすかったりする。
少し小道に入ると、みちの角にラミネートシートの張り紙があった。

「ぱん屋←すぐそこ」 「老舗とんかつ一番←20m」

なんてわくわくする張り紙だろうか。
とくにとんかつやパンを食べたい腹の具合ではなかったが、矢印に向かって歩いてみる。
「シフォンちゃん、とんかつ屋とパン屋さんがあるで」 時たま話しかけてみる。犬はふんと鼻を鳴らすだけである。
通りに先にとんかつ屋の提灯が見えたので駆け寄ってみるが、どうやら定休日のようだった。その向かいのパン屋さんも今日は閉めていた。
どおりでまったく香ばしい匂いがしないわけだ。
なんだか悔しい気持ちを握りしめながら、また町を歩く。

途中、道の向こうからダックスフンドを連れたおじさんが歩いてくる。
犬同士の交信が始まる。少し遅れて飼い主同士の会話が始まる。
なんて暖かな風景だろうかと感動する。願わくばすべての人が犬を連れていたらいい。

鴨川を歩いていると日が暮れてきて、シフォンちゃんも疲れが目立ってきた。小型犬なのであまり歩かせすぎるのも良くないだろう。七条あたりから京都駅前まではM川がシフォンちゃんを小脇に抱えてあるき、そのまま解散した。

こんなに充実した散歩はあっただろうか。 もっと犬と歩かねばならない。

幸せなことに犬を飼っている友人がもう一人、私の散歩に付き合ってくれるという連絡をくれている。

その一人はI藤。
彼女は大学の同期で、2,3年前くらいに結婚した。夫婦で暮らしながらミックスの小型犬を一匹飼っている。
大宮あたりで合流すると、足下に白くてかわいい犬がいる。またもや私の手のにおいを嗅ぐ嗅ぐ。どんどん嗅いでくれ。
名前はお麩くんというらしい。
京都っぽい名前をもらったようだ。たしかに白くて少しだけベージュかかった、まんまるの身体はお麩のようでかわいらしい。垂れ耳で丸い目とちょこんとした鼻先。顔のパーツが三つの黒い粒(目と鼻)だけで構成されているその単純さが愛くるしい。
「この犬、もしかすると犬の中でも相当かわいい子ですか?」と私が聞くと、I藤も誇らしげに「そうなんです。この子、犬の中でも相当かわいいんです」と即答する。
みなうちの子が一番かわいいと思っている。素晴らしい事だ。
こんな気持ちで人間とも接することが出来たらいい。

お麩くんは歩くのがあまり得意じゃないらしい。
しかし飼い主としてはもうすこし運動をさせたいようで、今日は散歩に連れ出してくれた。
お麩くんもまた歩かなくなり駄々こねて、だっこしてもらう、もぞもぞし始めるので歩かせる、というのを繰り返す。
犬のわがままはできる限りかなえてあげて欲しい。

散歩の途中で、友人のN口くんが合流する。
和歌山在住の彼は、京都で活動するバンドマンであり、漫画家でもある。
ちょうど京都に来ていたというので、一緒に歩くことにした。
I藤とお麩くんと挨拶をしてしばらく一緒に歩いた彼は「僕は猫派だと思っていたんですが、この子は相当かわいいですね」と揺らいでいた。魔性の犬だ。

それぞれ学生時代に知り合った友人達だったが、気付けばみな何かしら仕事をして生活をやりくりするようになっていた。
時間の流れは無情である。それぞれの仕事の悩みや転職歴などの話を聞きながらただただ歩く。
その横で、犬だけは地面の匂いを嗅いだり嗅がなかったりを繰り返している。

堀川通を上り、丸太町エリアをぐるぐる歩き回って、少し歩き疲れてきた頃に気付く。
彼女たちはペット可のお店じゃないと散歩の休憩が出来ない。
散歩をしながら喫茶店によく立ち寄る私だが、そういえばペットと一緒に入れる店を一つも知らない。
脳天気に犬との散歩のおこぼれを貰って歩いていた私だが、散歩者は我々の知らないレイヤー越しに町を歩いているのだなと思い知らされた気がする。

お麩くんがふと立ち止まる。
気になる匂いがあったのか、はたまた単純に歩きたくなくなったのか。
I藤が「ほら行くよ」とリードを揺らす。 お麩くんは何かを訴えんばかりの目でただ立ち尽くしている。歩きたくない方だったようだ。
I藤に抱っこされてまた歩き始めるが、腕の中でもぞもぞする。やっぱり自分で歩きたいのだろうか。
「疲れてきちゃったかな。おうちに帰ろうか」とI藤が聞く。我々としてもお麩くんの具合を最優先したいところだ。
お麩くんは「なにごとですか」という顔をしてキョロキョロしている。何も分かっていない。
「あんたの話をしているんやで」 犬は鼻をふんふん鳴らすだけである。

犬の体力を考慮して解散することになり、I藤とN口くんと別れ、ひとり家路につくことになった。
帰り道をあるいていると、路上にある変な看板や落とし物が急に目に付くようになった。
ひとりの時はめざとく見つけていた諸々を今日は全然見ていない。犬しか見ていなかったのか、私は。

足下右側少し前の空間に寂しさを感じながらひとり帰る。

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