三年前住んでいた町で、馴染みのコンビニに久々に入ると、三年前と同じ店員がレジを打っていた。
向こうがこちらを覚えているわけもなく、スムーズに缶コーヒーを購入する。そもそも別に声を掛け合う関係でもなかった。三年というブランクが、ただただ私をそわそわさせているだけだった。

私が京都で最初に住んだ町は出町柳だったが、その次に生活を送ったのは下鴨だった。大学在学中に、店舗スペース付きの物件に引っ越し、その場所で「yuge」という名のオルタナティブスペースを立ち上げた。
生活とともに、制作活動や展示企画などを続けてきたその場所に、気付けば私は五年ほど居た。
今では「yuge」は東山に移転し、住居は別の場所に構えている。引っ越してからは北の方に用事も無く、三年近く離れたまんまになっていた。
その日は同じ職場で働いている友人と共に、下鴨エリアを歩き回ることにした。 そんなこんなで懐かしいコンビニも店員もそのままに、町は止まったまんまそこにあった。
すこしそこから歩き、かつてのyugeがあった場所に向かってみる。
「マンション建設予定」

馬鹿でかい建設現場が立ち上がり、yugeの跡形はさっぱり無くなっていた。
町、全然止まっていなかった。むちゃくちゃ時間が流れている。 見くびっていた。少しなつかしい場所に帰ってきたら、町はそのまんま私のことを向かえてくれると思っていた。全然そんなことはなかった。
思い出の場所にはバキバキにマンションが建つ。時間は無情である。
かつての拠点を懐かしむのは諦め、近辺のエリアをうろうろすることにした。
このあたりで生活をしていた頃、たまにのご褒美としてよく買いに行っていたケーキ屋が近くにあった。
バイカルという名前で、角地にこぢんまりと構えて老舗のお店で、優しく丁寧な味が好きなお店だった。
久しぶりに覗いてみようかと思ったら、遠目からでもわかるくらいに店がデカくなっていた。
店舗スペースと工房スペースがそれぞれ倍くらいになっている。有名な老舗店だとは知っていたがこんな姿になっているとは思わなかった。

北大路通りを西に進んで堀川通方面まで歩いて行く。 鴨川を渡る。 北大路駅の近くの鴨川はとてものどかだ。河川敷も広く、川も綺麗。近くのお店でお弁当をかってピクニックをしている人もたくさん居たりする。
イオンモールを横切って歩いて行く。 ここも私が住んでいた頃はビブレという名前のショッピングモールだった。知らない間にイオンモールになり、中のお店などもリニューアルされた。以前では半分ゴーストタウンのような雰囲気さえあったのが嘘みたいに今は賑わっている。
もちろんデカくなったり賑わったりするばかりではない。昔はあったはずのリサイクルショップや、服屋、パン屋などがしらない間になくなっていたりもする。 何がそこに建っていたのか全然思い出せないが、なんとなくこの建物では無かった気がする、くらいの違和感が町中に点在していてそわそわする。 記憶の引き出しを開けるでもなく閉めるでもなく、かたかたと揺らされるような妙な感覚で町を歩いて行く。
ようやく歩き馴染みのないエリアまで出てきた。 飲み物が欲しくなり、コンビニに寄ることにした。 セブンイレブンが見えたのでそこに向かうと、なんだか二階のテナントの様子がおかしい。
「セブンなないろ保育園」

コンビニ直営の保育園だ。 そんなのあるの? 自分が保育園児だったとして、セブン出身なの嫌だな、と思いながら眺める。
お昼寝の時間とかの思い出に、一階のホットスナックを揚げる匂いとかが混じったりするのだろうか。ことさら嫌だな。
交差点を見ると地域マップがある。近所には翔鸞小学校といういかつい名前の小学校があった。 その近くには嘉楽中学校もある。威圧感のある校名が集まっているのに、保育園はセブンなないろ保育園だ。
バランスがとれていない。 威圧感のバランスを取るためには進路も限られる。
セブンなないろ保育園卒園
翔鸞小学校卒業
嘉楽中学校卒業
咲くやこの花高等学校卒業
これでやっとバランスがとれる。
セブンなないろ保育園児は是非とも大阪の咲くやこの花高等学校へ進学して字面のバランスを取って欲しいところだ。
そんなことを考えていると日が暮れてきて、そろそろ家路についた方が良さそうな時間になっていた。 家の方角に向かって歩いて行くと、だんだん馴染みのある町並みになっていく。
道沿いに鞄屋の看板がある。修理や制作をしている工房のような雰囲気だ。 ずいぶんと長く続いていそうな風格のある町屋の店舗だったので、少し気になり表から覗いてみると、店内には鞄などは一切置いておらず、馬鹿でかいベンチプレスがドンと構えられていた。
鞄作りよりも筋肉作りが楽しくなってしまった鞄屋がそこにあった。

奥の方には制作中の鞄も置いているのかと思い目をこらしてみると、全然ダンベルだった。
鞄を作る気配がかけらも残っていない。完全にトレーニングルームになっている。
この店のことは詳しく知らないが、跡継ぎがあまりに鞄に興味が無かったのだろうか。 いや、はたまた鞄というものに向き合い過ぎるあまり、彼は大きな命題にぶつかったのかも知れない。
「"荷物を持つ"とは何たるか」
その結果が筋肉なのだろうか。 いくら鞄を作ろうとも、その荷物を持ち上げる筋肉がなければ鞄も意味をなさないのではないか。
そういった思いから、まずは自身の肉体を磨くという結論に至ったのかも知れない。だとしたら鞄から離れた店主と馬鹿にすることは出来ない。
どこまでも「荷物を持つ」という事に向き合った結果が、この馬鹿でかいベンチプレスなのかもしれないのだから。
かつての活動拠点はマンションになる。 寂れたモールはイオンになる。 コンビニの上に保育園が出来る。 鞄屋の店主は筋肉を付ける。
予想だにしない他人事が今日も町にはあふれている。
すべては他人事だからちょうど良い。 無視できるどうでも良さと地続きの家路について今日も家に帰る。
