ブログ更新をすっかりサボってしまった。
なんだか本を読むペースが落ちたなと思ったら、本を読み切っても読書記録を書き忘れたりしていたせいだったりした。
読み切った後とかに感想を書くと、なんだか一区切りついた実感が湧いて次の本に手が伸びやすいんですよね。
やっぱり習慣づけるって何かが欠けた途端にパタリと途切れてしまったりするから気が抜けない。
そんなわけでまたブログを更新していきます。
いくぜ。
小説『ジョゼと虎と魚たち』 作:田辺聖子
それぞれの精神的に自立した女性主人公たちによる、男との一悶着。それぞれ短編ごとに全然違う温度感で展開されるが、どの男も大らかで優しげ、だけどどうにも頼りない。そんなどうしようもない男たちを「どうしようもないんやからアンタは」と言いながらも愛し、浮つき、離れていく主人公たちが、どれもこれも何だかカッコいい。
全員が自立をしているわけでは無いが、どことなくさっぱりとした諦めのような達観した世界観がユーモアと絡まって楽しく読めた。

書籍『哲学以後の芸術とその後─ジョセフ・コスース著作集成』 著:ジョセフコスース 訳:鍵谷怜
コンセプチュアルアートの旗手となった作家であり、批評家であるジョセフコスースのテキストを集めたもの。
コスースに関する本があまりに日本に少なく嘆いていたところ出版され本当に感謝しかない。
彼が代表シリーズを制作していた時期のテキストや、企画した展示のステートメントはもちろん、彼が指針としたほか作家や哲学者の言葉の引用集など、本当に幅広く彼のテキストを目の当たりにできる。そして変わらず彼は“芸術はそれ以上でも以下でもなく芸術でしかない”という本質を訴え続け、それらが大衆からの偏見や市場に飲まれる事を危惧していたのがよくわかる。
60年代から問題視されていた現代美術の危うさが何も解決されず現在に尾を引いている事を改めて考えたいと思う。

書籍『コンテンポラリー・ファインアート 同時代としての美術』 著:大森俊克
欧米で活動する80年代以降の現代美術作家を各章でピックアップしながら展開していく評論。
日本国内ではあまり展覧会の機会がなく、意識が向いていなかった作家らのセレクトが多く、勉強不足を感じさせられる。けれどもどの作家の話でも紐付けと展開が明確で整理されているのでとても読みやすい良い本だった。
最後の章でのキュレーションについての話が特に印象的。

随筆/作品集『ESSAYS』 著:川村摩那
AFKで購入してから久しぶりに通しで全て読み返した。
随筆としても読み易く、かつ心地良い歯応えがある文章と共に彼女の絵画作品を振り返ることができる。
単なる作品解説ではなく、あくまでも随筆としてもステートメントとしても両立する語り口は作家として魅力的だなと思う。
本書は展示と同時販売という形だったため、絵画作品に寄り添う傾向が強かったけれど、がっつり随筆に重心を置いた文章も読みたくなった。

随筆『見えない彫刻』 著:飯田善国
彫刻家であり、詩人であり、批評家である飯田善国のエッセイ。
77年に出た本ということもあり、今読むにはあまりにも古くて臭くて寒い言い回しやユーモアが散りばめられているのが読んでいて苦痛だが、詩人っぷりを抑えて批評に重心を寄せた時の面白さはしっかりとあり、そのおかげでなんとか読み切れた。
ムーアに関する言及と、意外にもリキテンシュタインに対するリサーチ(飯田は人の制作跡の無い作品を目指していた事もあり、ある意味納得もできる)がボリュームたっぷりで良かった。
ロダンとの妄想対話劇場は勘弁してくれと思った。

詩集『自選 谷川俊太郎詩集』 作:谷川俊太郎
インターネット上で溢れる詩や短歌に少し疲れてしまったので、改めて谷川俊太郎をじっくり読んだ。何が詩を詩たらしめているのかという実感こそないが、確かに自立した言葉たちがそこにある説得力を感じた。
何より驚いたのはひたすらに様々な文書から日本語を引用し、まとめているだけの詩。感覚的なもののみとして語られがちな詩人の世界で、こういった前衛性のある実験を果たしていることに痺れた。

書籍『ぺらぺらの彫刻』 編:戸田裕介
彫刻というモノが今まで、そして今どう自律しているのかを「被覆の彫刻」というキーワードから振り返り展開していく。
ブロンズ像から布の(殆どインスタレーションのような)彫刻、プロジェクトとしての彫刻行為などを広く触れながら大きな図版と共に進んでいく。これを学生の頃に読んでおきたかったと強く悔やみながら読破。
中でも特に感動したのは「すべての彫刻には空洞がある」という解釈。そして彫刻が果たすのはリアル(現実)ではなくリアリティ(現実らしさ)であるという流れは自身の制作にも重なり震えた。教材としても素晴らしい本。

書籍『哲学史入門Ⅱ:デカルトからカント、ヘーゲルまで』 編:斎藤哲也
まだお勉強的なフェーズという意識が強く読み進めるのに苦労したものの、そんな中でもやはり本シリーズの対話形式は随分と読みやすい。
宗教的背景の違いによってのめり込みずらいとは常々思っていたが、それについての言及もあったりして、逆にスピノザの思想に興味を持てた。どこかのタイミングで『エチカ』も読みたいと思う。
また、最後に掲載されている対談も、短いながらも読み応えがありつつ読者に寄り添う形で“なぜ哲学を学ぶか”を説いていてとても良かった。

書籍『彫刻の呼び声』 著:峯村敏明
78年から04年にかけての現代彫刻論。ドナルドジャッドを起点として彫刻が“類彫刻”として展開されてきたのかを説いていく。
彫刻とされるものとレディメイドが混在する立体作品への難しい眼差しを、「形として/構造として/場所としての彫刻」というカールアンドレの言葉を元に厳しく見定める。
複雑な構造を内包しながら存在として素朴でもあり続ける“彫刻”としての美術に改めて惹かれたと同時に、やはり私自身の関心は彫刻にあるのだと再確認することができた。

書籍『像をうつす:複製技術時代の彫刻と写真』 著:金井直
鑑賞方向が定まっている絵画に対して、彫刻は無限の鑑賞方向を持っている。しかし彫刻は絵画のように現物を軽やかに移動させることが困難である。
それらを記録したり学ぶ際、どうしても写真を頼ることになる。写真には恣意的なものがどうしても混入する中で、切っても切れぬ仲としていかに写真と彫刻が共存してきたのか。
並走して来た“彫刻と写真/撮影”に焦点を当てながら彫刻の在り方を探っていくという新鮮な切り口で読んでいて楽しい本だった。

書籍『わからない彫刻:つくる編』 編:富井大祐 他
改めて、彫刻を学ぶ為にと彫刻家が集い作り上げられた新しい教科書。
この上なく逞しい本。各素材や技法ごとに教科書的なノウハウを案内しながらも、作家としての実感や実体験などの経験則も並行して語られる。こんなに書き手の顔が見える教科書があっただろうか。
学生時代、彫刻に触れ始めたタイミングでこの本があったならと思う。
今手に取り、改めて彫刻を制作したくなる。します。

書籍『わからない彫刻:みる編』 著:冨井大祐 他
「つくる編」に続き、多くの彫刻家による展示のノウハウや彫刻を見せる際の性質/要因などを各所感や手応えを知る事ができる。
加えて「みる編」と名の通り、批評家/写真家/キュレーターらによる彫刻論を読める。
当然っちゃ当然だが、読み物としてはこちらの方が歯応えがあって楽しい。
固有の文脈を持ちながら、周縁の多くの要素を内包し得る彫刻の、巨大かつ曖昧なその姿に向き合い続ける各々の姿が群像的に見られる心地よさと混乱がある。きっと今後も彫刻はその曖昧な輪郭を広げ続けていくのだと思う。

PS5『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON』 制作:フロムソフトウェア
ロボットの重厚感とスピード感を両立しながら、コツを掴めばガンガン思い通りに動いてくれる痛快な操作性で、今までAC(もといフロムのゲーム)に抱いていた敷居の高さを払拭してくれた。
ストーリークリア後にシナリオや仕様に夢中になり、即座に二周、三周、最終的に4周目まで連日プレイしてしまった。
周回する事で見えてくる勢力図や、ボイスのみで描かれるキャラたちの人物像、そしてプレイヤーの主人公としての自覚を見事にゲーム体験に組み込んでいて圧倒された。
本当にウォルターが大好きになってしまった。
プレイ後も小ネタや設定漁りをしてダークな側面に心擽られる楽しみが尽きない。

書籍『芸術とその対象』 著:リチャード・ウォルハイム 訳:松尾大
ミニマルアートの名付け親として有名なウォルハイムによって60年代に書かれた芸術論。ビッチビチのロジック詰めで構築されているので読むのがとにかく大変だった。
何が芸術であるのかを地道に地道に詰めていく訳だけれど、本文より先に訳者解説を確認しておくと、全体像が掴みやすくなって良かった。
慣れないタイプ/トークンという前提概念に頭を抱えたり、逆にウィトゲンシュタインからの定義の引用があり乗り気にさせられたりと振り回されたりまくったけれど、このほんの少しの手応えを頼りに繰り返し読んでいきたい。

書籍『講談入門』 著:神田松之丞
去年神田伯山の独演会にて初めて講談を生で見て衝撃を受けたので手に取った。
講談とは何か、また講談というものがどういう仕組みで受け継がれていっているのかという基本的な物事から、小道具や衣装についてなどの細かいところからの小話も多くて読んでいて楽しい本だった。後半は伯山のいわばネタ帳を大量に読むことができる。
落語との大きな違いが感覚としても理屈としても理解できる良い入門書だった。また講談が見たくなる。

漫画『青野くんに触りたいから死にたい』全14巻 作:椎名うみ
そんなにか?と少々勘繰りながら読み進めたら度肝を抜かれるくらい面白かった作品。ついに完結した。
洒落怖的な土着信仰のゾクゾク感と、それに立ち向かっていくジュブナイル的なワクワク感、そしてオカルトとしての呪いと家庭環境としての呪いを並列に描いてどちらも祓いにいくシナリオ構成は見事だった。そしてそれらを一貫して包み込むのはあくまで愛情。
主人公がどうしようもないのにカッコよく見えてくるのも魅力。

PS5『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』 制作:コジマプロダクション
前作の完璧なシナリオ、革新的なゲーム性を経て、今作はさらに磨き上げられたグラフィックスとシステム、そして前作の余白を見事に埋めてくるシナリオが展開。革命的ヒット作の続編というハードルをしっかり超えるクオリティだった。
戦闘や国道開通がサクサク進められて、前作より全体的な難易度は下がったものの、その分プレイヤーの能動性がそそられる仕上がり。
SFとしての風呂敷の広げ方は当然一作目には劣るけれど、サムとルーの物語として描き切った鮮やかなシナリオ展開に震えた。

まとめ
なんだかあまり読書が進まず、ゲームばかりしていた。
ゲームもゲームでもちろん素晴らしいものなのだけれど、なんでか考えてみると小説をあまり読んでいないじゃないかと振り返って気づいた。
美術書とかも面白いんだけど、やっぱり物語を追う興奮って変えられないものがあるなと実感。
『AC6』も『DS2』もシナリオが素晴らしいゲームだったので、摂取した養分としては満足しています。
『DS2』をクリアした喪失感がすごいので、もうちょっとだけやり込んだら今度は『サイバーパンク2077』をプレイしようかと思っています。
なんだかんだでもう5年くらい前のゲームになるらしい。びっくりだよ。体感としては2、3年前のゲームって感じなのに。
この期間は彫刻についての本ばかりを読んでいたけれど、こういった関連性の強い読書を立て続けにすると、なんだか思考がその領域にのめり込む感じがしてどんどん気持ち良くなっていく気がする。
今読みかけの本を読み終わったら、またテーマを絞って関連する本を立て続けに読み進めてみようかな。
それとも小説をガンガン読むか…
悩ましいぜ。どんどん読むぜ。
