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【#03】偏心 - 鬱病日誌 [そもそも最初からずっと]

2023年1月26日

仕事が一つなくなった。

急な出来事だった。

ちょうど展示が一つ終わり、これから搬出を任せられていた日だった。

今日を持ってあの部署とその仕事は終わり。
そういう話でしかなかった。

今日でと言われても作家さんの作品の搬出、梱包、発送があるのですが、といえば、じゃあそれだけ終わらせてから解雇で、というだけの話だった。

最後まで現場の現状を把握されていないことを知らしめられる通告だった。

別に仕事の母体が悪かったわけではない。
運営をするにはきちんとした収支が必要で、それがうまく回らなければ場所を閉めるしかない。
経営的な判断であり、そういった経営面での課題に担当していた私たちが答えられていなかった結果なのだ。

私はショックを受けながらも、3足の草鞋がやっと減ったじゃないかと自分に言い聞かせた。

今まで頑張りすぎていた。
オーバーワークで満足できる仕事まで届かず、失礼な仕事をしてしまうことも確かにあった。
そんな状況を作ったのは間違いなく自分自身だし、調整ができなかった自分が産んだ失敗だ。

残された場所と仕事に集中すればいいだけだ。

そう思っていた。

そこからしばらくしたある日、私は朝起きると社会と関わることのできない役立たずになってしまっていた。

頭がいたい。
脳みそに一枚オブラートのような膜がまとわりつくみたいにボンヤリとしている。

身体が重たい。布団からうまく出ることができない。
起きるのが億劫だという範疇ではない。本能的に危険を察知しているような動けなさだ。

連絡を返せない。
うまく会話ができず、メールやチャットも開くことができない。
人と接しようとすることで、やらないといけないこと、やれていないこと、考えないといけないこと、決めないといけないこと、それらが溢れ出しそうで、あせって蓋を閉めるように私はスマホの電源を切った。

以前もここまででは無いにしろ、たまにこういうことはあった。
少し前まで体調を崩していたし、今まで無理をしてきた反動で身体が疲れているのだ。

少しゆっくりして、また仕事をしよう。
ああ、でも急に仕事がなくなったから月収が半分以下になってしまうな。
会社都合の解雇だし失業手当を貰わないと。
次の仕事は美術のこと以外でもいいかもしれない。また仕事を探してバランスよく働かないと。
でもまだ展示のスケジュールは埋めないといけないな。
もっと先だと思っていた展示がもうすぐになっている。作家さんとまだ全然話が詰められていないな。
結局自分だって仕事が重なったり体調を崩してしまった時は作家さんにほとんど進めてもらってしまうことがあったじゃないか。
これからは全ての展示にきちんと自分も介入して一緒に展示を作っていくようなサポートをしていくんだ。
でもどのくらい人を呼び込めるのだろうか。
きっと東京のギャラリーに呼ばれたらその場所のネームバリューも告知力もあってうちなんかよりもずっと開催意義があるんだろう。
そういえば企画の仕事しているのに最近仕事しっぱなしで全然展示を見にいけてないじゃないか。
実際展示を見にいってもその内容や展示の規模に劣等感を感じるか、企画意図に内省で文句つけたりと醜いことばかりじゃないか。
コネだなんだにルサンチマンを燃やしていたけれど、結局自分も学生時代の弱いコネみたいなものでやりくりをしていただけか。
いい展示ができたとしてもそれを買ってくれる人たちにとって、それはどのくらい有意義なんだ。
そもそも作家にとっていい展示がちゃんとできていたのか。
展示の意図や作家の作品を楽しんでくれるのは、たいてい制作活動をする他の作家で、作家同士の内輪から本当に広がっていたのか。
いつまでいつまでこれを繰り返していけば納得できるんだ。そもそも自分が納得できるものを作れるほどの学と経験があるのか。
結局自分が任されていた場所は事業縮小で真っ先に削られる無くてもいい仕事だったのか。
他の場所も自分よりもよっぽど有意義なコネを持っている"キュレーター"がいるじゃないか。
じゃあ自分に期待されていたことってなんなんだ。テキストを褒められようが作品を買うのはテキストじゃなくて作家の受賞歴を読む人じゃないか。
そもそも自分が書いてきたテキストも本当にうまくいっていたのだろうか。
書いているうちにどんどんどんな意図で作家同士を結んでいたのかが分からなくなって不安になっていった時もあったじゃないか。
この仕事をするならしておくべき勉強がまだ足りていないのに誤魔化し続けてきたツケが回ってきたんだ。
なんとなくできてる風でしかなかったんだ。ずっと、ずっと。
最初からずっと何一つちゃんと出来ていないままだったんだ。
なんのために仕事をしているんだっけ。
なんのために必死に場所を続けてきたんだっけ。
なんのために美術にしがみついてきたんだっけ。
なんのためにここまで生きてきたんだっけ。

真っ暗だった。

そこには何もなくて、道標も命綱も何もない中で、私は全ての方角を見失った。

人と話せない。
布団から出られない。
昼間はちゃんとしている人たちが街に溢れて怖くて仕方ない。
夜になると少しだけ安心する。
何もできず、何もかもから逃げているだけなのに、着実に日付が変わっていく。
私だけ何もできていないのに、恐ろしいくらいに朝は当然やってきて、街が動き出す。
私は逃げるように布団に入って、存在しないふりをしてやり過ごす。
どこにも落ち着ける居場所がないのに、どこにもいないふりをして小さく身体を縮こませた。

たまに怯えながらスマホの電源をつけると連絡が何個も溜まっている。
急になんでなんだ。何もできなくなってしまった。違う、何もできないことに気づいてしまった。
事情を説明しないといけないし、たくさんの人に謝らないといけないし、またちゃんと生活を戻さないといけない。

無理だ。

いません。いません。私はいません。

許してくれ。いなかったことにしてくれ。

何かが出来るふりをしていた。
なのに何も出来ないことがみんなにバレてしまった。
最初から何も出来なかったんだ。何も出来ていないままだったんだ。

時間がどんどん過ぎていく。
取り残されていく。
生活が削り取られていく。

いません。ここには誰もいません。

そうやって、何も変わらず、何もかもが分からず、信じられないくらいの速さで時間は過ぎていった。
それは今もなお。これからもずっとだ。

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