私は会員登録画面を前にうんうんと唸っていた。
どれを選ぶのも難しい。そもそもこの選択に意味があるのだろうか。
３択の間をマウスカーソルがただ往復し続けるだけの時間が延々と続いていた。
これは先日、ネット上で会員登録をした際のことだ。
IDとパスワードの設定以外に私たちは"秘密のパスワード"というものを設定することがある。
これはパスワードを忘れてしまったり、変更したい際などにこのパスワードによって本人確認ができるというものだ。
そしてこの時の秘密のパスワードは、3択の回答から自分らしいものを選択することで設定できるという、セキュリティ的になんとも言えないものだった。
ただその3択問題も複数あるため、どの項目も単純で答えやすいがピッタリ同じ回答を選択できるのは自分だけなのかもしれない。
しかし、私は途中の3択で完全に行き詰まった。
-好きな食べ物はなんですか？
○ ハンバーグ
○ ラーメン
○ カレー
全部好きだろ。
選ばせるならもっと距離を置いた選択肢を設置してくれ。
なんで”給食で好きな献立TOP3”みたいな並びなんだ。
ハンバーグが好きな人はおおよそラーメンもカレーも好きだろ。
こういった場合はもっときちんと個人の好みが分かれるような選択肢で提示してもらわないと困る。
例えば以下のように。
-好きな食べ物はなんですか？
○ ハンバーグ
○ そうめん
○ 湯葉
ダメだ。
完全にハンバーグの一択になってしまった。
麺類最弱であるそうめんを選ぶ人間はこの世に一人もいない。
そうめんは食べたくて食べるというよりも"あるから食べてる"だけのものなので、残念ながら「そうめんが一番好きな食べ物だ」という人類は存在しないのだ。
そして湯葉が好きだという人も逆張りでしか存在しない。
人が「私は湯葉好きだよ」と口にする際、その言葉の正確な意味はこうだ。
「みんなは興味ないかもしれないけど、それに比べたら私は割と湯葉のこと悪くないなって思っているよ」
このぐらいの熱意だ。超微熱。
仮に自分が湯葉好きを口走ったことがあったとしても、食卓で自分は湯葉料理を出され、他のみんながハンバーグを出されていたら私はイジメを確信するだろう。
もう少しバランスのいい配分はないものだろうか。
例えばこのくらい。
-好きな食べ物はなんですか？
○ 野菜炒め
○ 福神漬け
○ 大豆ナゲット
別にどれも好きではない。
誰一人として心が踊ったことのない食べ物だ。
ハンバーグが強すぎるのならば、どれも"好きな食べ物ランキングTOP200圏外"で揃えることで「強いて選ぶならこれ」という個性を回答に与えることができる。
しかしこの場合だと、質問項目の「-好きな食べ物はなんですか？」という質問自体があまりクリティカルではない気がしてきてしまう。
なので正確に直したのがこちら。
-バイキングの際、マス目状に仕切られた皿をあと1マス埋めたいな、と必要に駆られて選ぶのであればどれですか？
○ 野菜炒め
○ 福神漬け
○ 大豆ナゲット
これで回答に個性が出るだろう。
セキュリティもバッチリ。
いや、しかしこの選択肢だと、どれに対しても興味が湧かないから、結局最初の選び難い状況からなんら変わっていないのではないか。
こうなってしまうともうどうでも良くなってくる。
散々頭を抱えていたけれど、要はこの中から選んだ食べ物を覚えておけばいいだけなのだ。
私は少しまた悩みながらもラーメンの項目を選び、「次へ」のボタンを押した。
-要求がタイムアウトしました。
-大変申し訳ありませんが再度入力をお願いします。
なるほど。
モニターから目を逸らして深いため息をついた私は、キーボードに八つ当たりするようにガチャガチャ叩いて席を立った。
会員登録は明日にしよう。今日の夕飯はどうしようか。
ハンバーグにするか、ラーメンにするか、カレーにするか。
ここでもまた私はまだ選ぶことから逃げられないのだった。
リセットされた会員登録画面がたくさんの空欄と選択肢を羅列して部屋を照らしている。
氏名
[ヵhdfbl；khジェr]
ふりがな
[あべおrgjqwrlgjb]
