漫画

抱えきれないものを目の前に、人はどうするか -『プラネテス』作:幸村誠 について-

2023年1月21日

「デブリ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

それは、宇宙空間を漂い続けるゴミのことを指す。
人工衛星や、宇宙船なら切り離されたもの、また宇宙空間の事故で散らばった工業部品からなる"宇宙ゴミ"だ。

この物語の主人公は、近未来でデブリを回収する仕事をしている。
発展し続ける宇宙開発の中で永遠に増え続けるデブリを、環境と安全のために回収する、いわば宇宙のゴミ収集車。

これは宇宙開発が進んだ近未来を舞台に、宇宙事業の端っこにしがみついている主人公 ハチマキが、夢とロマンを追うために行動を起こしていく話だ。
孤独も不安も全て自分のものと嘯き、根性一本で一人努力を続けていたハチマキが、宇宙というものを目の前にし、以前は見えていなかったものを見つけていく。

頑丈な宇宙服がなければ、人類は何もできない厳しい環境と未知の現実。
そして無限のロマンをを同時に持つ宇宙という環境下で、理想と現実に揺れ動くハチマキが野心を燃やし、その先に見つける答えとは。

あらすじ

宇宙には「スペースデブリ」と呼ばれるゴミが無数に漂っている。

ゴミ回収船の船外作業員である星野八郎太は、大小様々なスペースデブリを拾い続ける毎日で、いつか自分の宇宙船を買うという目標のためだけに仕事をしていた。

ある時、木星往復を目指す新型宇宙船「フォン・ブラウン号」への搭乗員募集が開始される事を知った八郎太は、仕事を続けるべきか、夢を摑み取るために辞めるのかを迷い始める。

ストーリーは八郎太のこの後の決断から、宇宙開発に反発するテロ組織との戦いや、宇宙で遭遇した事故が原因のノイローゼに悩まされながら自分と向き合い戦っていく姿を描いていく。

2002年度の星雲賞コミック部門を受賞した作品。

https://mangapedia.com/プラネテス-wov6ze13r

デブリを拾う業者の一人であるハチマキが、木星探査機への試験を受けるというサクセスストーリーとしての一面を本筋に置きながら、この作品は同じデブリ事業者の仲間たちに焦点も当てつつ話が進んでいく。

デブリとなった妻の形見を探すためにデブリ回収業を続けるユーリ、一児の母でありながらデブリ回収船の船長として指揮を取るフィー、そして節々で"愛がない"とぼやく新人のタナベ。

この4人がそれぞれデブリの回収という仕事の中で、宇宙との付き合い方、生きていく中での折り合いの付け方、生き続けるために必要なことを見つけていく姿も群像的に描かれていく。

漫画自体ももちろん良いのだが、ノイタミナの枠でアニメ化された作品でもある。

よければそちらのアニメもオリジナルストーリーや構成をアニメ版に編集した上で良い作品なのでみて見てほしい。

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すゝめ

この漫画は全4巻というコンパクトさでありながら、手元にずっと置いておきたいと思える名作だ。

良くも悪くも"男臭い"頑固さで仕事に打ち込み、夢を追っていくハチマキ。
そしてそこに介入して説教くさく"愛"を語るタナベ。

最初こそタナベの感情論に振り回され苛立ちを覚えるハチマキだが、彼が宇宙と向き合うほどに見失いそうになる自我は、自然とタナベが語る"愛"の意味を解いていく。

また、宇宙を舞台にしたヒューマンドラマという暖かさだけではないのもこの漫画の魅力だ。

宇宙船外での任務や宇宙でのちょっとした事故をきっかけに、ノイローゼのような精神的なショックを受けてしまい、その治療をするくだりもある。
また一方では宇宙の軌道上で国同士が戦争を企てていることに巻き込まれたり、反宇宙開発組織のテロなど、近未来政治的な内容もある。

だが、あくまでこの物語の舞台はハチマキとそれを取り巻くデブリ回収業者のメンバーによるものだ。

国同士のいざこざや、テロからの影響もありながら、あくまで"ゴミ拾いをする"人たちの視点で進む宇宙漫画なのだ。

アニメ化もされているので、そちらから見るもよし、4巻で読み切れる漫画を読むのもよし。

手に取ればきっとずっと本棚に置き続けたくなる作品になるだろう。

レビュー【ネタバレあり】

ここからは具体的なシーンなどに触れていきます。
作品をまだ見ていない方にはおすすめしません。

ハチマキとタナベの話も良いのだが、私が一番好きなのは4巻に収録されているフィーの話だ。

宇宙のいざこざに巻き込まれ、そんな中でも仕事をこなし、時間が経っていく中でいつの間にか反抗する事を忘れてしまったと気づくフィー。

母親として訴える事情を、子供は「わかってくれない」のではなく、「わかってなんかやらない」のだ。

本人が何をしなくとも、淘汰されてしまう物事があるということを、フィーは幼少期の叔父との別れで悟ってしまっていた。

自分の手では負うことができない「どうにもならないこと」に対しては、考えたりムキになったりすることよりも見過ごしてしまった方が楽だ。
なんせ自分では「どうにもならないこと」だから。

勝てない喧嘩にムキになって良いのはガキだけ」というセリフも作中に登場する。

そんな中でフィーは、大人としての選択肢を選ぶことをやめる。
この"クソみたいな社会"の一つにならないための反抗として、仕事を辞めて家族の元へ戻る。

この時の家族と野良犬の話で毎回私は泣きそうになってしまう。

クソみたいな社会に太刀打ちできなくとも、自分がやるべきこと、してやれることは確かにあるのだ。

ハチマキが宇宙で自由を手にいれるため、がむしゃらに努力できるのは愛があるからだ。
ユーリが妻の形見をなくしても宇宙に居続けるのも愛ゆえ。
タナベがハチマキを待ち続けることができるのも愛ゆえ。
フィーがこの社会の中でも家族のために仕事を続けられるのも愛ゆえだ。

曖昧な感情論のような姿をして物語に飛び込んできた"愛"が、確かな命綱として作中で煌めいていく。

全てをやめても愛することだけはやめることができない。

この作品が語る真理が間違いなくそこにある。

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