音楽

一週間、Corneliusの『夢中夢』だけを聴く

2023年7月12日

先日、スーパーカーの『Futurama』だけを一週間聴き続けた。

学生時代によく聞いていたが最近あまり聞いていなかったアルバムをアホみたいにループしまくるのは意外にも楽しい。

ふと思い出したのは、昔父親に聞かされたトーキングヘッズの『Remain In Light』は当時訳がわからない退屈な怪音の嵐だったのに、数年後に能動的に耳にした時には全く違う印象を覚えたことだ。

それぞれの音の配置と音自体の気持ちよさ。そして曲全体の引き締まったかっこよさ。

以前は見えていなかったものがはっきりと見えるようになったような興奮があった。

まるで眼鏡を初めてかけた時の感動に近い。見ていたのに見えていなかったものが、しっかり見えるようになる。
擦られ尽くした表現だが、「解像度が上がった」とも言えるような感覚。

そういった感動がまだ色々なもので感じられるのだなと再確認できたのは大きな収穫だった。

前回の記事

今回もまた何かアルバムを一週間ひたすらヘビロテしたいと思ってアルバムを漁っていた時、ちょうど発売されたアルバムがあった。

Cornelius
『夢中夢』

前回は過去によく聞いていたアルバムを再び聴きまくるという流れだったが、今回は過去作をよく聞いていたミュージシャンの最新作にしてみることにした。

そういえば新譜が出てもサブスクで即座に解放されて「そういえば出ていたな」というタイミングでなんとなく聞くという流れが日常になってしまっている気がする。

発売日に向けて予約をして当日タワレコに向かったあの能動的な姿勢はいったい何処にいってしまったのだろうか。

今一度、新譜をアホみたいに聴きまくろうと思う。

Corneliusとは

本名 小山田圭吾。

小沢健二と共にフリッパーズギターとして1989年デビュー。

ネオアコを海外から輸入したような楽曲をJ-POPに持ち込み、のちに「渋谷系」と呼ばれる音楽シーンの基盤を作ることになる。

1991年に解散したのち、1993年にソロユニットとしてCorneliusとして活動を続ける。

Cornelius名義になってからは、フリッパーズ時代に散見したサンプリングを多用した制作から、次第にテルミンやシンセサイザーを前面に出したアプローチが加わる。

ポップスの地肩がありながら、そこに実験音楽的な要素を組み込んでいき、幅広いジャンルで評価される。

また、国内外の多くのミュージシャンとのコラボや、音楽プロデューサーとしての活動、そしてNHK番組「デザインあ」の音楽を担当するなど、活動の幅を広げている。

2020年東京オリンピックの際は、音楽制作のチームに抜擢されたものの、過去に雑誌のインタビューで話していた中学生時代のいじめ問題が指摘され騒動になった。
音楽制作の辞退、活動休止、謝罪ののち、現在は活動を再開している。

アルバム『夢中夢』とは

今回ヘビロテする『夢中夢』はCorneliusの7枚目となるアルバム。

前作の『Mellow Waves』から6年ぶりとなるオリジナルアルバムは、オリンピックの騒動や、METAFIVEとしての活動終了など大きな話題を挟んでのリリースとなった。

小山田圭吾がCorneliusという名義にしてすぐのアルバムである1st『The First Question Award』や、2nd『69/96』は、フリッパーズの名残を感じさせるような渋谷系ポップスの集大成的な要素が強い。
ポップスと言いながらもガシガシとサンプリング音源をぶん回しながらコラージュしていくようなスタイルが徹底している。
この初期の作品にも根強いファンはいて、「これらの作品を持って小山田圭吾は"渋谷系"を完成(終結)させた」という人もいるくらいだ。

そして現在のCorneliusの音作りへとグッと深く踏み込み始めたのは、3rd『FANTASMA』から。

音の実験室のような賑やかで情報量の多い音楽だが、なぜだかアルバムとして聴きやすく纏まっている。
なんとアルバム、1曲目からラストの15曲目までを曲順通りに制作しているらしい。
「シングルカットの曲などをアルバムの要所要所に配置しながら新曲で間を埋めて全体を構成していく」という制作がメジャーな中で、このアルバムはその都度その都度アルバムの展開として最適な曲を作り構成されているのだ。

アルバムへのコンセプチュアルな向き合い方はここからどんどん進化していく。

4th『POINT』、5th『Sensuous』あたりからはポップミュージック的な曲の構成から、"音"自体の構成で曲を作っていくようなスタイルになる。
『POINT』の帯だったかに「音の点描画」といったようなコピーがついていた記憶があるけども、言い得て妙だと思う。
今でこそサカナクションとかが制作に取り入れ前面に押し出している、バイノーラル録音による生活音や環境音のサンプリングなどは、Corneliusのこの時期の作品からのダイレクトな影響だと言えるだろう。

6th『Mellow Waves』は前作から10年もの期間が空いてのリリース。
このアルバムは以前の"音の点描画"的なアプローチから一転、メロディで聴かせる歌ものとして作り込まれたものだった。

まさにタイトルからも分かる通り、点描やモザイク的な描写方法を選んできた"POINT"の音楽から、流線や面で構成する"Wave"の音楽へと移行していったのだ。

そして世間との騒動や、恩師との死別などを経て、満を持して今回リリースされた7th『夢中夢』

6年ぶりのオリジナルアルバムをじっくり楽しんでいきたいと思う。

『夢中夢』の収録曲

  1. 変わる消える - Change and Vanish
  2. 火花 - Sparks
  3. TOO PURE
  4. 時間の外で - Out of Time
  5. 環境と心理 - Environmental
  6. NIGHT HERON
  7. 蜃気楼 - Mirage
  8. DRIFTS
  9. 霧中夢 - Dream in the Mist
  10. 無常の世界 - All Things Must Pass

1日目

先行配信していた曲からも予感されていたように、前作と地続きのような歌モノを展開しながら、音的にはバンドアンサンブルを以前よりも強く感じられるような作りだった。

何よりテンションが上がったのは「霧中夢」だった。

エフェクトを強く発振させて、音の波が次第に眼前の壁のようになっていくような演出がこのポップなアルバムにぶち込まれるとは思っていなかったので度肝を抜かれた。
そしてその音の壁を消しとばす、コーネリアスらしい「ポン」という素朴な電子音と「Dream」と言う声。

この一音で「ああ、コーネリアスの曲だ」とピンとくることができるのが嬉しい。

以前も『Sensuous』の「Fit Song」では丁度歌詞に「Drop」とくる時に『Drop』という曲でも使っていたような水滴のサンプリング音が一瞬鳴るところでテンションが上がったのを思い出す。

昔の曲からメロディフレーズや歌詞を引用してくるというファンサービスはよくある話かもしれないが、Corneliusの魅力はこの"一音"でもファンサービスが成立するほど、一音一音の印象が強いというところかもしれない。

2日目

『POINT』の「Bird Watching At Inner Forest」のようなサンプリングかと思いきや、「Too Pure」で鳴っているのはギターの弦の擦れる音のようだ。

初期から中期にかけてはサンプリングを多用しまくっていたにも関わらず、これは「楽器で出せる音は楽器で出す」というこだわりが感じられるような一曲だった。

DAW上で玩具箱ないし実験室のように組み立てられた音楽をしていたCorneliusだが、やはりYMOのサポートメンバーを経てMETAFIVEとしての活動経験があったからか、どんどんバンドサウンドとして精錬されていっているような気がする。

私はこのCorneliusのギターが大好きなので最近のこういったアプローチが大好きだ。
ギターという楽器で求められる演奏をハイクオリティにこなすというよりも、彼のプレイするギターはあくまでギターを「こういう音が出せる装置」として活用しているような印象がある。
シンセサイザーのような音を出す装置と同列に扱っているような、少し不思議な感覚だ。

YMOのような、もうすでに電子音の掛け合いとして完成しているサウンドの中にでも、ライブパフォーマンスで彼のギターが求められたのは、そういった楽器の扱いたる所以かもしれない。

3日目

リズムを刻むビートを入れずに展開されていく「Drifts」は、単語を羅列する歌詞が子守唄のように展開されていく。
そこから溶け込むように繋がれるのがこのアルバムの大サビ、「霧中夢」

「霧中夢」は微睡むようなアンビエント展開から、中盤にかけて音が一気に暴れ始める。
瞑想のような音が震え始めて、激しい発振音、そしてそこから抜けるとリバースのかかった音に囲まれる展開が無茶苦茶サイケデリックだ。
そして印象的な「Dreams」という音声。そこからは急にサイケ感は引き抜かれ、また微睡むような展開に戻っていく。

この聴き心地が操作されていく感覚がたまらなくかっこいい。

思い出すのはアルバム『POINT』の最後の展開だ。

『POINT』は繊細な音の点描画を作り出すような楽曲から、ハードなギターサウンドを掻き鳴らすような楽曲が入り乱れる。
最後はドラムとギターバッキングがひたすらリズムをザクザクと刻む「Fly」からラストの「海に消えた」という歌詞の通り、何もない海辺に放り出されるように「Nowhre」へと繋がる。

波の音とトロピカルなアコースティックサウンドで、ボーナスステージに迷い込んだかのような楽園感に溢れる曲だ。
…と思っていたら終盤、音が伸び続け、高音がひたすら重ねられていき、苦痛なほどのノイズへと変わっていく。
あんなに心地よかったのに、もう罰を受けてるかのような不愉快なキーーーンとした音に包まれ、逃げ出したくなる。
そしてそれを救うように「POINT Stop the Music」という音声が入りピアノの余韻とホワイトノイズでアルバムは締め括られる。

あの時のアルバムの世界から放り出されるような感覚と違い、今作の「霧中夢」は似たような音の展開をしながらも、むしろそのアルバムの世界のさらに深みまで引き摺り込まれるような印象がある。

4日目

2日目にも書いたが、私はやっぱりCorneliusのギターが大好きだ。

過去作だとハードにギターをかき鳴らす曲も割とあったのだけれども、『Mellow Waves』からはクリア~クランチサウンドで歯切れの良いフレーズに徹底している印象がある。

以前のギターのイメージからすると、「あなたがいるなら」のようなギターソロは衝撃的だった。

本人がインタビューで解説していたが、あのギターソロはアドリブ演奏した複数のフレーズをDAW上でコラージュするように構成して作っているらしい。
初期から続けてきたサンプリングコラージュ的なサウンドメイクの手法が、ギターソロのフレーズ作りでも生かされているのだ。

私は趣味でギターをちょっとだけ齧っているのだけれど、なおさらどうやったらこんなフレーズ展開が出てくるのかと驚いていたので、この話を目にした時はえらく納得させられたのを思い出す。

しかし、今回では前作のようなツギハギ感のある機械加工されたギターフレーズというよりも、もっとフィジカル的なプレイを感じる。

やっぱりこのアルバムリリースまでの間にMETAFIVEとして活動していたことが大きいのだろうか?

「火花」のギターとかは相変わらずガシガシ主張するギターではないものの、バンドアンサンブルとしてしっかり中心で支えている存在感がある。
「チャッチャッ」と飛び散るようなカッティングと、パラパラと煌めきならが落ちていくようなアルペジオが、まさにタイトルや歌詞の「火花」という言葉とリンクしていてかっこいい。

5日目

前作の『Mellow Waves』から坂本慎太郎(ex.ゆらゆら帝国)が作詞を担当したりすることがちょこちょこあったが、今作でも「変わる消える」の作詞は坂本慎太郎だ。

音作りがミニマルな構成になってからのこの二人の共作がどれもすごく良い。

坂本慎太郎の歌詞といえば、ゆらゆら帝国の頃から高く評価されていたものだ。
ハードでサイケなサウンドが暴れ回ってきた頃はあまり目立っていなかったものの、後期の空虚なサウンドになってからやソロ活動が本格化したあたりからは、特にその歌詞が光って見える。

子供の描いた絵のような素朴な筆捌きで言葉を選びながら、精神の真ん中に触れるようなその歌詞は、Corneliusが今目指している"夢の中"というキーワードとも親和性が高い。

いっつもひっそりやっていた
メッセージ 君と僕だけの
子供のような遊び

あっちもこっちも行ってきた
ずっと好きな場所だけど
もうどこにもない さみしい

変わる 変わる
好きなものあるなら はやく言わなきゃ

「変わる消える」作詞:坂本慎太郎

無茶苦茶いい歌詞だ……

単純な言葉で書かれる歌詞は、その分ストレートに心象に踏み込んでいくイメージがあるけども、坂本慎太郎の歌詞は決して土足で踏み込んでこない。
その場で佇みながら、こちらを優しく招き入れてくれるような安心感がある。

一方Cornelius自身の歌詞としては、アルバム『POINT』を境に一気に抽象化が進んだ。

語感を統一した単語の羅列は今作でも散見する。

谷川俊太郎の詩についてインタビューで言及していたように、メッセージ性を共有するよりも、概念的なイメージを共有していくために歌詞が進化していったのだろうか。

歌詞の意味にはあまり興味はないといっていたCorneliusだが、案外音楽のイメージと歌詞に使われる言葉自体のイメージには乖離がないように丁寧に書かれているような印象もある。

音の点描画が自立してきたからこそ、歌ものとして歌詞を載せる今は、言葉でも点描画のようなワードチョイスを意識しているのかもしれない。

6日目

アルバムも繰り返し聴いていると、最初に聞いた時に目立つ曲以外にも目が行くようになって楽しい。

METAFIVEのセルフカバー曲「環境と心理」のバンドサウンドから、そのまま「Night Heron」の無骨なビートに移るのがかっこいい。

これまでのCorneliusのインスト曲は、どんな音がどういう風にくるのかわからないワクワク感があったが、この「Night Heron」とかは音の展開が地続きになっていてバンドセッションのような心地よさがある。

この囁くようなボーカルは昔から一貫しているが、『Fantasma』で言うと「Ster Fruits Surf Rider」のような歌い上げる曲がなくても、このアルバムはしっかりと聴かせてくるのが凄い。

歌詞として歌い出しているのもこのアルバムは一貫している。

存在は確かだが、次々に移り変わる現実。
そして存在はしないが、変わらずに記憶にあり続けるイメージ。

その二つを行き来するような描写がどの曲にも出ている。

過ぎてった瞬間が 突然に蘇る
脳の中 消去した 思い出が顔出す

胸の奥 よこぎって 針がふれた
耳の奥 かすめて 火花が散った

「火花」作詞作曲:小山田圭吾

今が 過去で 未来 今が
過去で 未来 今が 過去で

期待 記憶
過去も未来も 無い

「時間の外で」作詞作曲:小山田圭吾

雨のあと 街は少し静か
足跡や 記憶洗い流して

なんとなく気分がちょっとだけ晴れてく
変化する景色や 環境と心理

「環境と心理」作詞作曲:小山田圭吾

現象 変わり続ける
目の前で起こって 形を変える
感覚 掴みきれない
手にしたと思うと どこか消えてく

蜃気楼 鏡花水月

「蜃気楼」作詞作曲:小山田圭吾

強風 急に吹いて
落葉 宙に舞って 飛び散る
残像 目の奥
残響 脳の中に 響く

「無常の世界」作詞作曲:小山田圭吾

改めてこうやって見てみると、『POINT』以降は記号的な歌詞を書いているイメージを持っていたが、すごくいい歌詞を書いているなと思う。

7日目

前作の『Mellow Waves』から歌ものとしてアプローチをしてきたCorneliusだが、それでもやっぱりDAW上でがっちりと仕上げられた丁寧な作品というイメージが強かった。
隙のない構成で、余白までしっかりと計算された緊張感が常にあるアルバムだったと思う。
何よりも私は前作は「あなたがいるなら」があまりにもカッコ良過ぎて心がぶち抜かれてしまったので、だいぶ思い入れがある。

音の実験室にこもって入念に作られた作品。

そんなイメージがCorneliusの楽曲にはあった。

けれども、今作はいい意味でその緊張感から解き放たれた安心感がアルバムを通して漂っている。

それぞれの曲が「完璧に書き上げられ額装された絵画」というよりも、このアルバムのために描き重ねられたドローイングや秀作群を巡っていくようなテイストだ。

まとめ / 全曲レビュー

一週間『夢中夢』だけを聴き続けた。

このアルバムはあえて言葉を選ばずにいうのならば、正直それほど起伏がない。

前作は「あなたがいるなら」の一曲で私は一気に魅了されてしまったし、「Mellow Yellow Feel」のような徹底したミニマルサウンドの構成と歌詞の鮮やかさにはえらく痺れた。

『Sensuous』や『POINT』は、ソリッドでキレのある多彩なサウンドで四方八方から切り刻んでくるようなパンチがあった。

しかし、今作はそういった"一撃必殺"的なアプローチはない。

これは退屈にも思ってしまうかもしれないが、アルバムを通して聞けば聞くほど、この『夢中夢』という一枚全体に集約されたアプローチがどんどん見えてくる。

そして今までCorneliusが過去曲でもピックアップし続けてきた「Sleep/眠り」「Dream/夢」というキーワードが徹底的に掘り下げられている。

ここでひとつ、前作の「夢の中で」の歌詞を見返してみる。

夢見て 眠る
夢から 醒めないで

夢見て 眠って

心象風景 周遊中
深層心理 探索中

「夢の中で」作詞作曲:小山田圭吾

この曲で歌われていたように、このアルバムは夢の中で眠り、さらに夢へと、深層心理へと探っていったその先を描写しているような感覚がある。

今までの一枚一枚額装されたキャンバスの絵画ではなく、薄い皮膜に繊細に書かれた線を追っていくような体験へ誘われる。

過去作のイメージから、味付けの薄さに正直最初は不安を覚えたアルバムだったが、今回のヘビロテで意図を辿る工程をとても楽しむことが出来た。

また、今回このアルバムがリリースされるにあたってタワレコ渋谷店の壁面にこんなものが展示されていた。

この『夢中夢』を制作するにあたってインスパイアされた楽曲やアルバムのタイトルがずらり。

ミュージシャンが自身の制作で影響を受けた音楽をここまで具体的、かつ大量に挙げることって珍しいのではないだろうか。
これはここまで手の内を晒しても自分の音楽のアイデンティティが揺らがないという証明にもなるし、もちろんリスナーとしては興味がある情報なのでとても嬉しい。

というわけでこの壁面にあったものを(Apple Musicで聴けるものは)全て掲載順に登録したプレイリストを作成した。

とんでもない量だけれども、このアルバムが刺さった人はぜひ一緒に聴きましょう。
私もまだ全ては聞けていないけれど、納得させられる曲や意外な曲も入っていて楽しいです。

では最後に、この一週間聴き続けていった上でのそれぞれの曲の印象を最後に少しづつ書いて終わろうと思う。

  • 変わる消える - Change and Vanish

坂本慎太郎の歌詞がとんでもなく良い。

じわじわと音が展開していく曲調に、少しずつ歩み寄るような歌詞がマッチしていて心地よい。

「フッと周り見渡せば 誰もいない」のところの無音の演出のような、歌詞と音楽的な演出のリンクが小気味良い。
「窓開けて見渡せば 何にもない」の方では上記の無音演出がもっと長くなっているので、思っていたより長い無音に一瞬不安を覚えさせられるような演出がされるのには痺れた。

Corneliusは本当にこういった聴き手側の心理をうまく操作してくるなと思う。

  • 火花 - Sparks

シンプルにシンプルに作られた名曲。
この左右で飛び散るギターフレーズだけでこの曲をこの曲たらしめる作り方がとてもカッコ良い。
所謂Cornelius的な過激な電子音はほとんど使用されず、ギターとシンセベースを主役に据えて一曲走り切る潔さが好きです。

歌詞もとんでもなく良い。
こういった飾りっ気がないのに綺麗な歌詞を書けるのは、彼が谷川俊太郎へのリスペクトを公言しているのを思うと納得。

だいぶ昔にデモや歌詞自体は作っていた曲らしいが、今こうやって聞くとオリンピックでの騒動で取り上げられていた、彼自身の過去の過ちなどと重なるような描写に胸が痛くなる。
もちろん「あの過去を歌った曲だ」なんて短絡的な聞き方はしたくないが、そういった後悔や、そうでなくても過ぎていった伏せていた感情がフラッシュバックする感覚を、音と言葉で的確に捕まえていると思う。

  • TOO PURE

『POINT』で多用されたフィールドレコーディングを彷彿とさせるような鳥の囀りのような音と、アコースティックな演奏。
けれども、よく耳を凝らしてみると、この鳥のような音はギターの巻弦を擦る音のようだ。

徹底してアコースティックな楽器による音素材で構成されるかと思いきや、後半にかけてからじわじわとシンセサイザーが溶け込んでくる。

森の深くへ入っていき、そこから瞑想するような没入感がこの曲で一気に演出される。

トランス感のある音の余韻で次の曲に繋がれるのも良い。

  • 時間の外で - Out of Time

「TOO PURE」で瞑想した先かのような雰囲気の曲。タイトルもまさに「時間の外で」とある。

バックで一定のリズムで繰り返される「ピッ」という音と「ココッ」という乾いた音が、なんだがそれぞれデジタル時計とアナログ時計の音のようで面白い。

この曲も後半にかけて次第にシンセサイザーの音の層が分厚くなっていき、潜っていくようなトランス感がある。
そしてそれに合わせるように歌詞もどんどん文法が崩れていき、バラバラの意識のかけらのようになっていく演出がかっこいい。

音の抽象化と言葉の抽象化が、完全に同期しているのがこのアルバム通しての良さかもしれない。

  • 環境と心理 - Environmental

METAFIVEで出していた曲のセルフカバー。

雰囲気自体は大きな変化はないが、高橋幸宏氏の訃報を思い出してしまう今としては、この曲がこれほど丁寧に歌われていることにしんみりしてしまう。

ギターソロのうねらせるような奏法は、YMOのサポート時にもよく多用していたものなのでそれも感慨深くなってしまった。
(YMOのサポートして小山田圭吾が入って「千のナイフ」を演奏している映像とかを見ると、全く同じ音、奏法でソロを飾っている)

このアルバムの中だと一番明るく歌モノらしいアプローチの曲だけれど、それでも変に浮くことがないのはすごい。
現実が変わっていく様を「変わる消える」では"寂しい"と歌っていたが、この曲では"何となく気分がちょっとだけ晴れてく"と歌っているのも印象的。

  • NIGHT HERON

そしてそこから一気にダークで怪しい空気に一転。

ベースとドラム、そしてそこにふんわりと妖艶なシンセが入り、次第にギターの短いフレーズが増えていくのが、没入感を誘うインスト曲。

タイトルの「Night Heron」というのも夜鷺(ゴイサギ)という意味らしく、確かに夜な夜な鳥が集まってくるようなイメージが一致する。
この段々と登場人物が増えていくような音の構成が、なんだか夜に森の中の生き物たちが活動をし始めるような印象だ。

  • 蜃気楼 - Mirage

ベースのフレーズがかっこいいバンドサウンドを、シンセサイザーが煌びやかに演出していく。
過去作のようなバンドサウンドと放り投げるようなサビのフレーズが気持ちいい。

「鏡花水月 無限泡影」みたいな歌詞をここまで毒気のない雰囲気で歌えるのは彼くらいじゃないだろうか。

  • DRIFTS

Cornelius名物の単語羅列歌詞曲。

初めて「Drop」や「Breezin'」を聴いた時はこんな単語を羅列しただけの歌詞でこんなにもかっこいいのかと感動したのを思い出す。

しかし今回のアルバムだと"夢中夢"というテーマ通り、細かく千切れた意識を辿っていくような印象にもマッチしていてなんだか心地よい。

この曲でまた微睡に引き戻されるようなイメージがわく。
コンセプトに寄り添うなら、夢の中でさらに眠りに誘われるような展開だろうか。

  • 霧中夢 - Dream in the Mist

このアルバムで一番美味しいところ。

トレモロエフェクトの発振がとにかく気持ちよくて、良いステレオスピーカーで聴きたくなる。
ヘッドホンやデスクのモニタースピーカーで聴いているけれど、この曲とかは特にオーディオルームで聞くと気持ちいいんだろうなと思う。

そして宙に浮かぶユートピアのような空気感から、発振ノイズが波のように押し寄せて、そこから抜ける展開がとにかく良い。
ノイズの波を超えた後の逆回転のリバーブがいい具合にトリップ感を出してくるのだけれど、そこから意表を着くように正気に戻してくる「Dream」という音声。

今までの作品でも"メタ的な音声の介入"という演出はちょこちょこやっていたCorneliusだが、ここまで見事にやられると痛快だ。

  • 無常の世界 - All Things Must Pass

トリップの後にあるのは「無常の世界」らしい。

「環境と心理」「蜃気楼」のような歌モノの空気感と、サビでは「Drift」のような単語の羅列で展開される。

バンドサウンドも一気に輪郭がはっきりとして、すっかり悟って現実に帰ってきたようで少し面白い。

と思いきや最後は不安になるくらい急に音が溶けるようにフェードアウト。
「これ結局どこまでは現実であった出来事なんですか?」と不安にさせられるような演出で幕を引く映画のようにこのアルバムは終わる。

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