ナスはいい。
まずナスというものは煮ても焼いても揚げても美味い。
冷蔵庫にナスがあると「このナスは煮ようか焼こうか揚げようか」と頭を抱えてしまうくらいだ。
加えてあの外見もいい。
外は紫、中はクリーム色。
とても口の中に入れてもいいものとは思えない素っ頓狂な配色がいい。
ぷっくりと下膨れしたあのフォルムも、人をおちょくっているようで腹立たしいながらも可愛げがある。
初めてナスというものを実らせた農家はあの愛嬌があるのか邪悪なのかよくわからない見た目にさぞ震えただろう。
しまいには食感もいい。
あのスポンジ状の食感は他の野菜ではあまり見ない。
水気というものを溜め込んでいる様子もなければ、根菜のようにギュッと詰まっているわけでもない。
やる気があるのかないのかてんで分からないが、あれは油をよく吸ってくれる。
おろしたてのぴかぴかの油で天ぷらや麻婆茄子などにした日には、もはや美味いだなんだとかいう話では済まされない。
めでたい。めでたい味がする。
あっぱれ。向かう所敵なしだ。
そんな美味の権化として慣れ親しまれている茄子だが、あの野菜は一体何ものなのだろうか。
見た目はトマトのような膨らみと光沢だ。同じ種目なのだろうか。
しかし中身の方を考えるとウリの類のものなような気もする。それこそズッキーニには比較的ナスに近いものを感じられる。
ここで広辞苑が役に立つ。辞書はネットの検索と違ってむやみやたらと情報が出てこなくて良い。
「なす」で引いてみる。
茄子…ナス目ナス科ナス属ナス種
なるほど、ナスはナスでしかなかったのか。完全にナスとしての独立を果たしている。
他の知っているものに結びつけて理解しようとしていた自分の浅はかさが恥ずかしい。
ついでに先ほど例にあげたトマトも引いてみる。
トマト…ナス目ナス科ナス属トマト種
なんと。むしろトマトはナスの中にあったのか。
ではズッキーニはどうだ。奴は火を通した食感は非常にナスに近いではないか。
ウリ目ウリ科カボチャ属ペポカボチャ種
裏切り者。
なんだペポカボチャって。
少し取り乱したが、ナスは思っていたより分類として大きな枠を持っていることがわかった。
彼は大物だったのだ。それならばあの美味さも納得である。
そういえば、ナスのことを「なすび」と呼ぶことがあるが、あの「び」はなんだ。
なんの「び」だ。葉っぱの「ぱ」同様、なくてもいいはずだというのに、なぜか当たり前のように「び」が居座っている。
ナスは漢字で書くと茄子だ。
しかしナスビも漢字で書くと茄子になる。
「子」が「椅子」同様に「す」と読むのはわかる。
しかしナスビとなると「子」の読みが「すび」になるのが許せない。
この「び」は、「す」の座っている席に「ちょっと失礼しますぜ」と勝手に相席してきているのだ。
なんだこの厚かましい一文字は。
その席を譲れ。
その「子」の席に座るのは「椅子」の「す」だ。
だめだ。こんなひらがな一文字に腹が立っているなんて馬鹿馬鹿しい。
このままでは気が滅入りそうなので外へでると、すっかりあたりは暗くなっていた。
空は茄子のような深い紫色で、遠く向こうにはクリーム色の虫食い穴がぽっかりとあいていた。